つゆり

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息を切らし走っていた。
後ろには、フードを深く被った男性が追いかけてきていて、薄く笑う口元だけが鮮明に見える。
追いかけられてるといっても恐怖はない。
どうして走ってるのかさっぱり分からない。
止まろうとしても止まらない。
走りながらそんなことを考えていると両足が急に重くなり、景色が途切れた。

夢だった。

スマホの電源を入れると6時。
「夢…。久しぶりにみたなぁ。」
大きく伸びをして、寝室を出る。
家事をしているうちに、だんだん夢の内容を忘れていった。

仕事を終えて帰宅。
今日は22時半から推しのラジオがある。
夕飯は軽めに済ませ、10分前にはチョコレートリキュールをカフェオレで割って待機。
あんまり甘いお酒は飲まないけど、推しの声を聞く時はコレが一番合う。

22時半。
「はい、みなさんこんばんはー。」と番組が始まり、心地いい柔らかな時間に包まれる。
1時間後にはいい具合に気分がほぐれ、ベッドに沈む。
「はぁ、今日もいい声でした。」
幸せな気持ちで目を閉じると、ふと夢の内容を思い出した。
あれは、推しのあの人だ。
顔も知らない。声しか聞いたことがない。だから口元しか見えなかったんだろう。その口元も、実物を見たことがないから想像でしかない。
なぜ走っていたのかも、多分、今日は番組があるから早く帰ろうって無意識に考えてたのかもしれない。

明日は用事が立て込んでちょっと忙しい。
今日は夢を見ずに朝までゆっくり眠りたい。

そう思って少しだけウィスキーをグラスに注ぐ。
もうすぐ日付が変わる。
窓を開けると満月が浮かんでいて、雨上がりの澄んだ風が髪を揺らす。
壁に背を預け、グラスを傾けると琥珀色の中に満月が映る。

昔、満月の夜に紅茶を淹れて、紅茶に満月を映すと精霊が現れ、願いを3つ叶えてくれるっていうおまじないがあった。
親の目を盗んでやってみようとしたけど、いつも睡魔に負けて気付けば朝だった。

思い出して苦笑する。
純粋で素直な心は、いつの間にかくすんでしまった。

ウィスキーに満月を映したら、ウィスキーの精霊がくるのだろうか…
お酒の精霊って、仙人とかおじいちゃんなイメージしか浮かばない。
それはそれで面白いかもしれないな。

そうして想像と共に夜は更けていく。


気付けば朝だった。

5/18/2021, 3:11:25 AM