漂泊

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踊りませんか?

 暑気払い。久しぶりの畳の感触をじっくり味わう余裕もなく、ひたすらに酒を煽り何かを忘れようと必死だった。意図している訳ではない。自然と体が動いていた。周囲に囃し立てられたり気遣う声をかけられても意に介さず、ただひたすらに。チェイサーなんて思考の埒外で、まだ30分も経っていないのにビールジョッキが4,5杯並んでいた。
 周囲でガヤガヤ言っている連中に分け入ってアイツがやってきた。隣に座っている後輩を払いのけ有無を言わさずドカリと腰を下ろす様はどう見ても酔っているようだった。開口一番「八つ当たりか?」と。ああ、そうかもしれない。これは得体の知れない何かに対する行き場のない気持ちへの八つ当たりなのだ、と酩酊し始めた頭でぼんやり思った。するとアイツはこちらの手を強引に握り立ち上がらせようと引っ張り上げてきた。何をするのかと声を上げれば「んなもん、踊らにゃそんだ!」と。無論ダンスなんて学校行事でしか経験がない。なので「それも楽しいかもな」と思ってしまった自分はどうかしていて、立ち上がり衆目に晒されながらもアイツに合わせて体を動かした。すると、まるで導かれているかのように足が動きだした。いつの間にか座布団やテーブルが片付けられていた。動くたびに畳に靴下が擦れ、これは店に怒られるかもなと薄ら思った。でも、楽しい。調子に乗ってたくさん踊った。サルサ、スローフォックストロット、ブレイク、コンテンポラリー、など。自分はこんな動きまでできてしまうのか。アイツとならどんな世界でも行けそうな気がしていた。

 そこからの記憶はなく、気づいたら自室の布団の中。頭がどうにかなりそうなくらい痛い。習慣化された少ない動きで寝床に備えられていたスマホを取るとちゃんと自分のものだった。LINEを開くと幾つか届いているなかで、アイツからのスタンプが押されただけのメッセージが目に入った。既読するか迷い、痛い頭で親指を長押しする。そこには知らないキャラクターとともに「踊りませんか?」と戯けた文字のスタンプが。すぐにメッセージ画面を開き「覚えてない」と返す。すると透かさず返信が来る。「踊りませんか?」と。何度も何度も来る。アイツは気が触れたのか。いや、いつものことかもしれない。放っておくことにした。とりあえず薬を飲んで寝よう。これから先、何かが起こる予感に期待を込めて。

10/5/2024, 12:02:43 AM