#15 【言葉はいらない、ただ……】
好きだった。
大好きだった。
ふたりが初めてあの駅で、ちゃんと対面した時、雑踏の中からお互いを見つけた瞬間
まるでドラマみたいにふたりは早足で駆け寄って、身体をぴったりくっつけてただただ無言で抱き合ったね。
二人はやがて一緒に暮らし始めた。
ガランとした部屋に少しずつ家財を揃えていく、おままごとみたいな生活。
あの頃のあなたには、恋以外に人生やアイデンティティをかけるくらいに大切なものがあって
当時生まれて初めて本当の自由を手に入れた私も、恋以外にも夢中になれるものと出逢った。
もちろん二人は、好きあっていたから
だから少しくらい、生活がすれ違ってしまって
夜寝る頃にしか会えなくなって、朝出かける頃にはまだ眠っている顔しか見られなくなっても
それでもずっと、仲良しで、恋人同士でいられると思ってたの。
でも違ったよね。
あなたも私も、一緒の家に暮らしてるのにだんだん心が離れてしまって、だんだん寂しさが積もってしまって、本当に大切なものを見失って
お互いの間違いに気がついた時には、もうどうにも後戻り出来なくなってた。
互いの罪を告白した夜
こんなに大好きなのに、どうして別れなければいけないんだろうって
あなたの背中の体温を感じながら、涙が止まらなかった。
別々の家に帰るようになっても、あなたに新しい恋が訪れても、いつもいつも雑踏にあなたを探していたし、いつもいつもあなたの幸せを願っていた。
今でも、私はあなたを大好きだよ。
もしもまたどこかで逢えるような奇跡があったら
もうなににも遠慮しないで、無言であなたに近寄っていって、同じ目線で同じ匂いのするあなたを抱き締めたい。
もう二度と離さないように。
※ふたりの恋が終わってから、彼は少しずつおかしくなっていって
数年後には周囲の人にものすごい迷惑をかけて、ふっつりと消息が途絶えてしまった。
身体の弱い人だったし、健康を気にかけるようなタイプじゃなかったから、多分もう、生きては逢えないんだろうなって思っている。
今も、時々夢に出てきてくれるけど
あの頃のまま、同じ目線のまま、同じ体臭のままなんだよ。
あなたはきっと、私ほどはわたしのことを想っていないだろうけれど。
大好きだった。
本当に大好きだった。
8/29/2024, 3:03:33 PM