いのり

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「あなたがいたから」

 もうすぐ30回目の結婚記念日だ。真珠婚式と言うらしい。
 正直に言って、よくここまで我慢できたものだ。
 夫は漁業なので、収入が不安定な上に薄給のため、看護師の私が夜勤をしたり、2人の子ども達が小さいうちは日勤のパートにしてもらいながら、育児や家事をこなした。もちろん夫にも協力してもらったが、毎日へとへとで文句を言う余裕はなかった。
 50歳を過ぎた今、子ども達は社会人となり、休日には1人で遠出をして美術館やデパート等に出掛けている。夫は家でテレビを観ていたほうが良いそうで、やはり気が合わないのである。

 私達が出会ったのは、結婚する前の年だった。まだ20歳前半で、町役場に勤め始めた頃、ある50歳代の女性職員から、しつこく町のテニスサークルに来るよう誘われた。山田さんというのだが、いろいろ理由を言って断っても毎週必ず誘ってくる。1度行って、やっぱり合わないからと断れば良いか、と行った所で夫と出会ったのだ。
 しかしそれからは夫からの誘いがしつこく来るようになった。テニスサークルのメンバー数人でドライブに行こうという誘いだった。仕方なく、こちらも同様に1度だけのつもりで行ってしまった。そうとはいかず、夫は個人的に誘って来るようになった。当時から全くタイプではなかったものの、仕事が上手くいかない辛さもあった上に、頼れそうな存在に安心感を抱いたように思う。
 そうして付き合うようになり、今に至っている。

 結婚が決まった時、テニスサークルに誘ってくれた山田さんは、驚いていたし、がっかりしていたようにも見えた。
 そして私は出産を機に役場を退職した。山田さんとの付き合いは途絶えた。キューピッド的な役割を果たしてくれたけれど、山田さんの意に沿わない結果となってしまい、申し訳ない気持ちだった。後で聞いた話しだと、山田さんは自分の息子を会わせたかったらしいのだが、私が1度だけ行った日はたまたま用事があって来れなかったらしい。

 良かれ悪しかれ私の運命を決めた山田さん、あなたがいたから、今の私があるんですよ。
 こんなことを思うのである。

6/21/2024, 8:04:41 AM