つるりと手が滑ってマグカップが落ちていく。がしゃん、と音をたてそれは無惨にも粉々になった。中身は飲みきっていたからフローリングを濡らすことはない。
素足のため一歩でも動くと破片が刺さるのは確実。たくさん飲めるように買った大きめのマグは割れてしまうとこんなにも厄介で、私は破片に取り囲まれてしまった。大きな破片は取り除けばいい、だけど目に見えないほど小さな欠片は?部屋はもうすぐで、私の行く手を遮るよう。
「刺さったら痛いよね…」
当たり前のことを呟いて、この場から動けず割れたマグとの美味しい思い出を浮かべた。
ココアとかマグカップケーキとか色々作ったっけ…。デザインより大きさをとったため見た目はさほど好みではないけど愛着はあった。新しいの買いに行かなくちゃ…ここから抜けられれば、だけど。
「派手に割ったね、大丈夫?どこか切ったりしてない?」
「痛いと思うところはない…かな。今のところだけど。助けてくださいますか?」
しゃがみ込んだ私は彼を見上げ、丁寧にお願いしてみる。
「もちろん、君を刺の海に残したりしないさ」
スリッパを履いている彼に横抱きにされて勢いのよさに僅かに体が浮いて、浮遊感が得意ではない私は彼に落とされないようにしがみついた。
「…積極的だね」
「わざとでしょ」
彼は私が首を抱くことを狙っていたわけだ。予想通りになって彼が喜んでいるのがその証拠。
「不可抗力だって。しっかり掴まっていないと落ちてしまうよ」
なんて。脅しに近い。部屋に連れて行ってくれればいいのにその場から離れてくれず、陶器が割れる音がして
「「あ」」
ぱらぱらとスリッパから落ちるマグカップの欠片たち。コホンと咳払いした彼は申し訳なさそうに
「ごめん…買い物に行こっか」
新しいマグカップを探しに2人で家を抜け出した。
粉々のマグカップを帰ってから片付けようと若干の『現実逃避』をして。
2/28/2023, 3:36:17 AM