薄墨

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空が赤い。
ほれぼれするように紅い。

「明日が梅雨入りなんて信じられないよ」
真っ赤に染まる空を見上げて、そう言った。
「誤報なんじゃない?天気予報もたまには外れるって」
君は隣でそんなことを言って、紅い空に手をかざした。

君の手の指の隙間から、紅い光が漏れ出ていた。
くっきりと黒く照らされたその手の隙間から漏れる紅い陽は、なんだかこの世のものでないように思えた。

「誤報ってレベルじゃないと思うけどね」と、僕は軽い口調で言う。
「そうかな?“誤”った予“報”を伝えたんだから、誤報でいいんじゃない?」
こんな時まで足取りの軽い君は、僕を追い越して、振り向きながらそう言った。

「まあ、言葉的にはそうだけど…そういうことじゃないんだよな」
「そうなの?じゃあどういう意味?」
「…いや、なんていうの、誤報って言葉だと日常的によく使うし、切迫感が足りないじゃん?今の状況を云うにはさ」
「そうかな?」
「…だって今、夜だぜ?」

手にしていたスマホの画面を君に突きつける。
21:31。スマホのロック画面は、空の様子などお構いなく、淡々と時間を刻んでいる。

君はしばらく目をぱちぱちと瞬いて、それからこっちに笑いかけた。

「そういやそうだったね」

「…なんだよ。他人事だなあ」
「だって他人事だし」
「そうかあ?」
「他人事だよ」
君は言い切る。

「だって現に僕たち、自分で帰るように言われてるし、塾も普通にあったじゃん。大人も普通に仕事してるし、生活してるし。きっと、空が赤くなっても、僕たちには関係ないんだよ。…だからそんなことより、僕は明日の小テストが心配。今の単元、苦手なんだよなあ…」
「確かに…」

言われてみれば確かに、赤い空の下で、僕たちはいつものように塾を出て、2人で帰路についている。
周りの大人たちも普通に、いつも通り忙しそうだし。
車の通りもいつも通り。空が明るいからか、ヘッドライトのついた車が一つもないところは、いつもと違うけど。

「でしょ。だから、早く帰って明日の小テストの対策しないと」
「それもそうだな。帰ってゲームしよ」
「いや、テスト勉強しろよ!」
「やだよ、勉強した後に勉強すんの。大抵の学生は、塾から帰ったら勉強しないの。君が真面目すぎるだけ」
「わー、僕言ったからね?明日赤点取ってもし〜らねっ」

気にしなければ案外気にならないものだ。
足元も、表情も見やすいし、紅い空も悪くない。

「あ、もう家じゃん」
「話してるとあっという間だよね」
「だなー、じゃ、また明日。学校で」
「うん、また明日」
君はにっこりと笑う。

紅い空の下、自宅の門の前で、友人を見送る。
濃い影が、アスファルトに落ちている。新鮮な景色だ。
赤い空はどこまでも広がっていた。

5/22/2024, 1:07:37 PM