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死別。
なんとも甘美な響きだ。
人の感動を惹きつけるために小説やら漫画やら映画では多用されるテーマだろう。
病でも戦争でも生贄でも美しく散っていく命に心を動かされない人は少ないと断言したっていい。

ただ現実ではそうはいかない。
うちのジジイは今死に体だ。
医者にはパーキンソン?とかなんとか言われたが病名はどうだっていい。
うちの、ジジイが、死にそう。
10文字前後で状況説明にけりがつく。
うちのジジイは昔から大人しく、やかましいババアの横でいつもニコニコ笑っている人だった。
子供の俺はジジイを舐めていた節があった。

そんなジジイを一度だけ烈火の如く怒らせたことがある。
子供の俺はババアの作った料理をまずいから食べたくないと言ってしまったのだ。
言ってしまったが最後、即座に俺の胸ぐらを掴んだジジイは何も言わず、ただ当然のように玄関から外へ放り投げた。
その時のジジイの目つきをよく覚えている。
それ以来、俺はご飯を残さなくなった。
残すとジジイのあの目を思い出すのだ。

そのこと以外にも、ジジイには世話になった。
将棋や釣りなどの遊びを教えてもらったし、中学高校、果ては大学まで入学金と学費を出してもらった。
そんなジジイが死にそう。
嫌だ。

もう少しだけジジイには俺を見ていて欲しいと思った。
あなたがあの時、叱りつけた俺はこんなに立派に育ったと見ていて欲しい。
でも俺にはわかる。残された時間は少ない。
だから思いの丈を語るべきだって思った。

恥ずかしかったし、こんなの意味がないとも思ったが、ジジイに感謝を告げてきた。
それとついでに近況報告だ。
ジジイの好きなものを作ってる会社に就職が決まった。今は賞が取りたくていろんな文章を書いてる。もちろん大学生だから勉強もするし、遊びだって欠かさない、まずは登山でも行ってみようと思う。
だからまだ見ていて欲しい。
俺の見た世界を聞いて欲しい。
だから。

まだくたばるなよ、ジジイ。

5/19/2026, 11:59:33 AM