『何でもないフリ』
それはたまたま出かけた先での出来事だった。
久しぶりに一人で外出していた私は、その外出先で恋人の彼を見かけた。
声をかけようと近寄ろうとした矢先、ふと視界に誰かが入る。そんな彼に近寄るのは一人の女。
私よりよっぽど可愛くて、守ってあげたくなるような愛らしさを称えた女が、彼に近寄って馴れ馴れしく話をしている。
そう、私の恋人が私とではなく、他の女とそれはそれは仲良く手を繋いで歩いている所を目撃したのだ。
それを見た瞬間、すぐさま踵を返して駆け出した。
──あんな笑顔、私には見せたことがないじゃない!!
この寒空の下、本来は防寒していなければいけない時期にも関わらず上着を脱いで薄着でうろついた。
なぜか火照る身体の熱を冷ましたくて。
気づきたくなかった。
──こんな醜い感情などに。
気づきたくなかった。
──彼が私を裏切っていたことに。
気づきたくなかった。
──裏切られたのに、それでも彼を求めてしまう己の心に。
無常にも明日はやってきて、明日には彼は私の家へくる。
明日、彼は何でもないフリをして、私の前で甘言を紡ぐのだろう。
真実を知った私には、知らん振りなど到底できやしない。
決意が鈍らない今日のうちに別れを告げようと思いたった。
スマホを握る手が震える。
まだ迷いがあるから震えるのか。
……彼は私を捨てたのだ。だから彼のために身を引くだけだ。
そう自分に言い聞かせ、今度はしっかりとスマホを握り、メッセージを紡いだ。
「新しい彼女とお幸せに。さようなら」
12/11/2022, 10:25:01 AM