小さな命
「すみません、その心臓見せてくれませんか?」
「ダメだダメだ、その心臓は5,000ドルするんだぞ。ガキに買えるようなもんじゃない。」
「もっと安い心臓はありませんか?」
「ん?まぁ、この辺の心臓なら頑張ればお前にも買えるかも知れないけど。」
クローン技術の発達によりクローン臓器は取り立てて珍しいものではなくなった。しかし政府はクローン臓器によってもたらされる超長寿社会に危機感を持ち、高い税金をかけた。
金持ちだけが生きながらえる世界?さもありなん。臓器を交換する度に税率は上昇していき10回を超えると天文学的な数字に達する。臓器交換を繰り返し、破産した資産家は後をたたないのだ。
死なない体になった人類は数を増やし続けた。結果生じる貧富の差の拡大。どこの街にも自然とスラムが出来上がった。
ここはスラムの住人を相手にした場末の臓器ショップ。
店主と少年の会話に割って入る髭もじゃの男がいた。
「坊主やめときな、そんな心臓、人間の物かどうかも怪しいぞ。」
「なんだぁ、テメェは?うちの商品にケチをつける気か?」
「俺の名はストレッジ、この街で外科医をやらせて貰っている。なんだったら店の商品の目利きをさせて貰ってもいいんだが?」
「ストレッジ先生でしたか。いやぁ、先生のお手を煩わせる必要はございません。これは元々商売用の物ではありませんで、鼻から売るつもりは無かったんですよ。」
「坊主、心臓を手に入れても、今度は手術代がかかる。坊主にその金は出せるのかい?」
「おいら、よく分からなくて。妹の心臓が悪くて助けたいだけなんだ。」
「よし、坊主、俺が診てやろう。妹の所に案内しな。」
「ありがとう、おじちゃん。」
案内された孤児院はスラム街の端にひっそりと佇んでいた。
あたりには排泄物の臭いが立ち込め、建物も雨風をやっと凌げるとだけと言った粗末なものだった。
「ただいまぁ、ヒトミ、ヒトミはいるかい?」
「お帰り、お兄ちゃん。」
ヒトミと呼ばれた少女見た途端、ストレッジの顔色が変わった。
「東洋人じゃないか?何故ここに東洋人が?」
滅びし種族東洋人。東洋では西洋に先駆けクローン臓器の技術が確立していたが、税金をかける事はなかったため国民全てが安く臓器を手に入れることができた。平均寿命は200歳を超え、人口は膨れ上がり、東洋人の胸中から繁殖意識は失われていった。そして臓器交換による延命の限界を迎えた時、忽然と世界から消えてしまった。噂では若返りの技術に成功したと言う話だったが、その技術が力を発揮する事はなかったようだ。この出来事を踏まえ、世界各国はクローン臓器には高い税金を掛けるようになったのだ。
「腹が減ってゴミ山を漁ってたんだ、そしたらヒトミが倒れていて、それで妹して育てることにしたんだ。」
「確かにこの辺りは東洋人の暮らす街があったらしいが、それは20年前の話だぞ。」
「ねぇ、先生、ヒトミは心臓が動いてないの、治せる?」
「動いていない?」
ストレッジが脈を測ろうとしたが確かに脈動がない。大急ぎで病院に運び込まれると手術が行われることになった。
「なんだこれは?心臓がない。」
本来心臓があるべき部分にはぽっかりと空間が空いていた。
これでは鼓動の打ちようがない。しかしだ。血液は淀みなく流れているようだった。
「こんな馬鹿な、何故これで血液が流れているんだ?」
ストレッジは戸惑いながらも取り敢えず心臓の移植手術を行った。その後、色々検査したが何故ヒトミが生きて行けたかは分からなかった。
ヒトミの術後は順調で程なく退院していった。
「ストレッジさん、ヒトミはもう大丈夫?」
「ああ、手術は成功したよ。」
成功なのか?心臓がなくても血流のある者に必要な手術だったんだろうか?余計な事をしたんじゃないか?
不思議な事が起こった。身長100cm程だったヒトミの身長が3日で120cmになった。そして6日で140cm。10日で160cmに到達した。ヒトミはその間ほとんどを食事を摂っていない。120cmに到達した時ストレッジは質問した。
「いくら何でも成長が早すぎる。東洋人が特殊なのか?」
「私にもよく分からないの。」
更に奇妙な事に孤児院の子供達が減っていくのだ。
3日で5人、6日で10人、10日で15人。
「ヒトミ、お前何か知っているか?」
ヒトミ、お前が食べたのか?と言う疑念を隠して聞いた。
「皆んなは私の中の1部になったの。小さな命の集合体。それが私。」
「食ったんだな?」
「全然違うわ。私はヒトミであって、ジョンでもあるの、ミハエルでも、ケニーでも、スペンサーでも、キャサリンでもあるの、そして健太でも太郎でも恵子でも幸恵でもあるの。」
「まさか東洋人が居なくなったのは君が原因か?」
「私、大人になって色々思い出したから教えてあげるね、私の名前は数多一身、日本人よ。30年前、天才科学者、加賀匠によって脳のクローン臓器が作られた。そして多くの日本人が加賀のクローン脳を移植したわ。するとね、皆んなの意識が共有されたの、一種のテレパシーね。そして皆んな考えたの超長寿生命体となった日本人が生き残る方法を。それは、皆んなが集合して一つの大きな生命体を形成する事。
1つの生命体の中で子供が産まれ老人が死んでいく。これ以上が人が増える事も減る事もない。食料も水も必要ない。必要な物は全て自分の中にある。だけどね、加賀の脳を移植されていない者たちは私の存在を恐れた。それで私の心臓をくり抜いて成長を止めたの。それがなければ私1人で国を覆い尽くしたでしょうね。」
「クローン臓器は私達人類が手を出しては行けない技術だったのか?」
「それは違うわ。命ある物はいつまでも死なない事を望む。そして生き延びる手段があるなら手を出すのが必然、結果種が滅びの道を行くなら、新たな生命体に進化するしかない。だってそうやって地球生物は繁栄してきたんじゃない。」
「ジョンば幸せにやってるかい?」
「ええ、死の恐怖から解放され、飢から救われたから幸せだって。」
「俺はどうしたらいい?」
「何も、来るべき時が来たら私の1部になっているはずだから。」
2/25/2024, 10:33:48 AM