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『やさしい雨音』

天に届きそうな尖った木々が生い茂る、山深い道の端に、小さな花束を供えて、私は手を合わせた。そして、空を仰ぎ見る。

サラサラ…サラサラ…

目を凝らさないとよく見えないほどの雨粒が降り注いでくる。

それは、私の眼にほどよく留まっていた涙を押し流すには充分な量であった。

頬を伝って流れる悲しみと怒りの擬態。

夫は、いえ、元夫は、ここで亡くなった。こんな山の中で。心臓発作だった。

結婚生活は、始めはうまくいっていた。でも、少しずつ歯車が狂った。夫は、転職を繰り返し、ギャンブルにもはまっていき、家にあまり帰って来なくなった。

根は良い人。子供にも優しい人。真面目な人。そんな夫の事を知っているからこそ、私は離婚を決断した。立ち直って欲しかったから。

夫は、何も言わずに出て行った。

私は祈った。夫のために願った。また帰ってきてほしいと。

でも、まさか3年後にこんな形で再会するなんて。

サラサラ…サラサラ…

–会いたい–

あなたは私を憎いでしょうね。今さらこんな事を思う私を許さないでしょうね。

サラサラ…サラサラ…

もし、今、天から雨を降らせているのがあなたなら。もし、この雨があなたなら。

触れるか触れないかのやさしい雨の粒と音に、いつまでも浸っていることを、どうか許してほしい。

#ショートストーリー#1-5「わたしの夫」








5/26/2025, 7:12:43 AM