【二人だけの秘密】
「私が宇宙人ってことは秘密にしてね。」
悪戯っぽく微笑む彼女を俺はただ茫然と見つめていた。
ことの発端は数時間前に遡る。
放課後の教室、突然呼び出されたかと思えば、彼女は真剣な顔で
「貴方は本当に地球人?」
と問いかけてきたのである。
そう俺に言った少女はこのクラスのマドンナ的存在である『有栖川 花芽』。彼女を初めて見た時は、可愛い子は名前まで可愛いのか、なんて呑気ことを考えていたものだが、まさかこんな不思議っ子だとは思わなかったな。いや、これはもう不思議っ子なんてレベルではないだろう。
「ええと、有栖川さん?一体、何の話なんですかね、?」
俺は至って平然を装いながら、有栖川さんに問う。同学年なのに敬語になってしまうのは、有栖川さんが訳の分からないことを言い出したというのもあるが、美少女すぎるというのもあるんだろうな。
「とぼけないで。貴方は地球人ではないんでしょう?これ以上、シラを切っても無駄よ。」
有栖川さんは理解の追いついていない俺を放置して、自分の見解を鬼の首をとったかのように語り出した。
「証拠はあるの。貴方が今日の昼休み、屋上で何かと交信しているところを見たわ。そして、さっきは誰かと電話していたようだけど、暗号で話しているようね?明らかに日本語の文法がおかしかった。」
彼女はそう一息で捲し立てた後に、俺の胸ぐらを掴み、険しい表情で怒鳴った。
「正体を現しなさい!どこの星の者なの!?」
随分と困ったことになった。
なにしろ、彼女の証拠は何一つ合っていない。
屋上で交信していた、というのは普通に屋上で一人でふざけて遊んでいただけである。珍しく屋上に誰もいなかったので、即興のダンスを踊ってしまったのだ。しかし、有栖川さんに見られているとは思ってもいなかった。今、猛烈に後悔している。めちゃくちゃ恥ずかしい。
そして暗号で電話していた、というのはただ友人に連絡をしていただけなのである。これは単に、誰にだってあるであろう、二人の間でしか分からない言葉、というやつである。でも確かに側から聞いたらなんて言っていたかなんて分からない。
という訳で、彼女の言った根拠はどちらもただの男子高校生にありがちな話だったのである。だが、それをいくら不思議っ子と言っても、クラス一の美少女に包み隠さず話すのは、俺のプライドが傷つくというものだ。という訳で、適当に誤魔化すことにした。
「な、何言ってるの…?見間違いだよ、どっちも。っていうか、だからって宇宙人って……。宇宙人なんている訳ないじゃん?え、何もしかして比喩表現?」
だがそんな言い訳では彼女の表情は柔らかくなるどころか、さらに険しさを増していった。
「何言ってるの!?宇宙人がいないとか、今更そんなに地球人ぶっても私の目は誤魔化せないんだからね!?」
「はぁ?何、それ。意味わかんないよ。俺には君の方が宇宙人に見えるけど。」
それは冗談で言った言葉だったが、妙に納得してしまった。確かに彼女は宇宙人なのかもしれない。美人だし、何よりこんな奇想天外なことを言い出すなんて、宇宙人としか言いようがない。そうだ、宇宙人だ。
そうしてぐるぐると思考を回している俺を有栖川さんは真っ直ぐに見つめて、そして不思議そうな顔で口を開いた。
「何を言っているの?宇宙人に決まってるでしょ?正確にはエルパンドル星人だけどね。何?あんた知らなかったの?宇宙人のくせに他の宇宙人がいることも見抜けないなんて、諜報員失格ね?」
彼女がそんなふざけた内容をあまりにすました顔で言うものだから、俺はどうにも拍子抜けしてしまった。「…エルパンドル?何言ってんだよ。頭打ったのか?」
俺がそう言うと、彼女は激昂した。
「まだ知らないふりをする気!?証拠だってあるのに、しぶといわね!」
彼女は顔を真っ赤にして怒り出す。
いつまでこの会話を続けるんだろう。
時計を見ると、時刻は五時半を回っていた。そろそろ帰りたい……。だがこの女はどうにも諦めてくれなさそうだった。俺は意を決して
「ああ、わかったわかった。屋上の件も電話の件も、あれだ、ダンス踊ったり自分達で作った適当な言葉を話してただけなんだよ。信じてくれ。じゃあ俺は帰るから。」
と告白した。
こんな変な女にそんなことを知られたって、今更どうでもいいが、やはり自分の秘密を知られてしまったかのようなむず痒さがある。
俺は教室を出ようと扉に手をかけた、瞬間だった。
「待ちなさい!!」
突然ドンッッと鈍い音がした。
その音に驚いて、つい目を瞑ってしまった。数秒たった後、ゆっくり目を開ける。すると、俺の目に映ったのは信じ難い光景だった。
教室の扉が、粉々に砕け散っていたのだ。
ガラスの破片が手に刺さって痛い。だがそんな痛みを忘れさせるほどに衝撃的な出来事だった。
「次は貴方がそうなるわよ。」
振り向くと、こちらに向かって手をかざしている有栖川さんがいた。
その瞬間に、こいつは宇宙人なんだ、と理解した。これを否定する理由も根拠も見つからなかった。
「待ってくれ…、俺は本当に宇宙人じゃない!本当にふざけて遊んでいただけなんだ。」
俺は必死に説明する。だが彼女の瞳は揺るがない。
プルルルルルルルルル……
着信音がした。俺の携帯じゃない、有栖川のだ。
有栖川は俺に手をかざしたまま、携帯を取り出し、誰かと通話しだす。形こそ普通のスマホだが、変なアンテナの生えた、実に異質な携帯だった。
「はい……はい……。ええ、だから今ちょうど………、えっ!?本当に……?……ええ、わかりました、」
有栖川はそんな会話をした後、携帯をポケットにしまって、こちらに向き直り、気まずそうに口を開いた。
「貴方、宇宙人じゃないのね、」
「最初からそう言ってただろ!!」
ついツッコんでしまった。
その後、その女は記憶を消すだの記憶消去装置を失くしただの一人でてんやわんやしていたが、最終的には冒頭のセリフを吐いて、教室を出て言った。
つまり状況を整理すると俺は、美少女との秘密を作ってしまった訳である。俺も男子高校生なので、ミステリアスな美女との二人だけの秘密、とかそういうシチュエーションに憧れてはいたが、いくら美少女でもこんな我儘宇宙人との秘密など望んではいなかった。
予想もしていなかった展開の連続に、俺の体はぐったりと疲れていた。ふと、教室の砕け散った扉の方へ目をやる。
この扉は一体明日にはどうなるのだろうか、俺は教師に怒られたりするのか、と今となってはどうでもいいことを考えながら扉の瓦礫を跨ぐようにして教室を出た。
5/3/2026, 12:02:42 PM