「やがてこれからの時代に合わせて、皆さんのような若い力が必要です」
社内用のアーカイブ動画で社長が豪語した。働き方改革がどうとかこうとか、残業有給手当どうとかこうとか、昇格昇給どうとかこうとか。
本社が整えば次は支店とばかりにあれやこれや指示が届いた。通常業務と並行しておこなわれたアレコレは急ピッチで変わっていく。覚えるのも着いていくのも必死だ。
そうして目まぐるしくこなしていくうちに、なんとか形になった。新たな方針は基盤となり、今後入社してくる新人へ至極丁寧に伝えることとなる。
迎えた四月。フレッシュな新入社員に、少しずつ仕事を教えていく。物分かりが良い真面目な子ばかりのため、詰め込み過ぎないよう慎重に事を進める。
「あの」
一人の新入社員に話しかけられた。作業の手を止めて体ごと向ける。新入社員の手元には、PHSがあった。両手で大事そうに持っている姿は、なんとなく違和感を感じる。
新入社員は、恐る恐る口を開いた。
「これでメール打つ時なんですが、"お"ってどうやって出すんですか?」
私は新入社員の言っている意味が理解できなかった。
「お?」
「お疲れ様です、の"お"」
私はもう一度、新入社員の手元を見る。長年慣れ親しんだ、何なら私は生意気にも中学生の頃から持たせてもらったガラパゴスの二つ折りPHSがある。
私はふと、とある事が思いついて目眩がした。信じがたいような感覚である。でもきっと、これが真実なのだろう。私は震える口で質問した。
「初めて持った携帯は?」
「アイフォーンです」
思わず顔を覆った。何だか頭が痛い気がするし痛くない気もする。
とにかく教えなくては、と思ってPHSのメール画面を開いてもらう。本文入力欄で、"1"と"あ"が書かれたボタンを連続で押すとあ行が順番に出てくることを教えると、「えっすごい」と至極純粋に驚いていた。その反応が目の前のお局間近な先輩社員を傷つけているなんて思ってもないんだろう。
その子は席に戻って、近くの同期たちに話しているらしく内容が聞こえてきた。
「使い方やっとわかった」「マジで? へー、こうやって文字変換するんだ」「予測変換と通常変換の違いとは」「数字とアルファベット入力する時、切り替え面倒くさいな」「でも普段はパソコンのチャットだし、滅多に使わないでしょ」「確かに」「でも慣れねぇなコレ」「あっやべぇ岡田さんに絵文字で送信しちゃった」「えっ謝ってこいよとりあえず今」「いってくる」
折り畳めば手のひらサイズの小さな機械に、翻弄される若者を眺める。現実逃避で一口お茶を飲んだ。
社長、時代に合わせて諸々変えるのは賛成です。
それだけでなく、システムや環境を若い世代に沿うように整えることも大事だと考えます。
とりあえず、社用携帯をスマホに機種変してください。
次の定例会議で議題に挙げていいか、上司に確認しようと私は席を立った。
『ルール』
4/24/2024, 2:57:12 PM