かおる

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資本主義社会において、働かない=悪、生産性がない=存在価値がない、と、怠けることの罪化が定着した。
社会が線を引きたがるもの。ビョーキと怠惰。しかし現実は、実際に生きている人間の感覚ってそんな単純な二項じゃない。分類というのは常に、誰かの痛みを切り捨てた上で成立するものだ。起き上がれない朝が、それが鬱のせいなのか、単に気力がないのか、私自身にさえに区別がつかない。起き上がれない朝に「これは病気なのか怠惰なのか」と問うことほど、残酷な内省はない。その問いは、苦しみの原因を見極めるために立ち上がるものじゃなく「自分が責められるに値するかどうか」を判断しようと問いただすことに近い。生きていて一度は言われる。甘えだどうのこうのって。そうだ、「生きてるだけで偉い」わけがないんだよ。「特に偉くはないけど生きてるよね」。それが私みたいな人間にかけるべき正しい言葉だ。退廃なんて、虚無なんて、地べたを這って生きることの摩擦なんて、とっくに慣れてるだろ。もう。そういう人間の存在を私は認識する。あ、こんにちは。偉くないひと。

怖いねー。失望の目。進捗を問いかけるその言葉。それでも動かないね、体が。生きてんだよーどうしよもなく生きてる。呼吸をして、心臓が動いて、ここにいる。ちゃんとそれはわかってる。不眠の朝方、散歩行こう。誰もいないから。

10/7/2025, 6:38:50 AM