sairo

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ころも様、という占いが流行っているらしい。

交霊術。いわゆる狐狗狸さんの派生。
白い紙に鳥居、はい・いいえ、五十音に数字を書き。
鳥居の上部には水で満たした白い器を置き、硬貨を使用して質問を行う。

ありきたりで、子供騙しの呪い。
関わらなければ害にもならない、ただの噂話。


そのはずだった。





「なん、で、こん、なっ…!」
「話す暇があるなら速く走れ!』

彼女の手を引き、ただ走る。空間が捻れているのか、果てのない廊下の先に思わず舌打ちする。

委員会の仕事を終え、彼女と共に教室に戻るまではいつも通りだった。外から聞こえる部活動に励む声。教室に残る誰かの話す声。いつもと変わらぬ放課後だった。

それが変わったのは教室の前に来た時。どこか覚えのある肌の粟立つ感覚に、扉に手をかけた彼女に声をかけるも一足遅く。
扉が開かれると同時に、周囲から音が消えた。

「え?なに、これ、」
「逃げるよ」

教室の中にいるそれを正しく認識するよりも早く、彼女の手を引き走り出す。
無駄だと思っていたがやはり昇降口は閉ざされ、窓は開かず。
永遠と続く廊下に、走る足を止めずにどうするかと思考する。

己一人であれば、教室にいたあれを喰ってしまえばそれで済む。しかし今は彼女がいる。
彼女を一人置いていけるわけはなし。況してや彼女と共にあれの元へ行けば、あれの巻き散らかす呪いで彼女の気が触れてしまいかねない。

さてどうするかと、彼女を横目で見ながら思案する。
限界が近い。これ以上走る事は無理だろう。

幾度目かの廊下の角を曲がり、階段を駆け降りた先。
目の前の教室を見、後の気配を確認してから入り込む。


自分達の教室。最初に扉を開けた時と殆ど変わらぬ光景。
倒れている三人の少女。机の上の白い紙。白い器。
異なるのは少女達の側で佇んでいたあれがいないことくらいだ。

「も、って、きた?」
「あんまり喋らない方がいいよ」

彼女の背を摩りながら、倒れている少女達の近く、教室の奥へと移動させる。

入り口であれを喰ってしまえば、被害は少ないだろうか。
膝をつき、必死で息を整えながらも離れようとしない手を見つめ、内心で困惑する。
あれの気配はまだ遠いが、時間に余裕があるわけでもなし。どうすれば手が離れるか、とにかく声をかけようと口を開いた視界の隅で水面が揺れた気がした。

視線を向ければ、机の上に置かれた白い器。器を満たした水が、緩やかに揺れて。

ふと、噂になっていた『ころも様』について彼女が話していた内容を思い出す。

ころも様はどんな事でも視えており、何でも知っている神様で。
昔、悪い事をして神社に縛り付けられている為に外に出れず。だからこそ占いの間、外に出してもらえたお礼として質問に答えてくれるのだと。


神社に縛り付けられた、すべてが視える神様。
心当たりが一つだけあった。


「掛まくも畏き御衣黄大神の御前に恐み恐み白さく」

紙に書かれた鳥居に触れ、記憶の片隅から祝詞を引き摺り出し紡ぐ。
様子を伺う彼女を、今は気にかけている余裕はない。

ころも様を呼び出す呪文など知りはしない。ならば不完全であれ、それらしい言葉で呼び掛ければと。
完全な賭けではあった。

「祓え給い清め給えと恐み恐みも白さく」

水面が揺れる。波紋が広がる。

いつの間にか、繋いでいたはずの手が離れ。


あれの気配が近くなり。そして。
扉が軋み、開かれ。


あれの動きが止まった。



「何を惚けておる。さっさと取り込まぬか」

背後から聞こえる、男の声。

「早くせぬか。いつまでも抑えては居れぬぞ」

その言葉に駆け出し、その勢いのままに喰らい付いた。





「さて、娘。我を呼び出した対価を差し出せ」

にやりと笑みを浮かべる神に、思わず眉間に皺が寄る。
面倒くさい。ある程度予測はしていたが、とても面倒な事になりそうだというのが正直な感想だった。

「ナに差し出せバいいノサ」
「…まずはその呪を収めよ。障りが出るだろうが」

無茶を言う。擬きとはいえ、神を喰ったのだ。すぐに消化出来るわけがないだろうに。
仕方なしに口を閉じ、続きを促す。

「我は斯様に縛りがある故、社からは離れられぬ」

四肢に繋がれた縄に触れ、神は言う。

「娘。我の手足となれ」
「断ル。吊り合イが取れナイ」

無茶な対価に、耐えきれず口を出す。慌てて口を閉じるも、今度は何も言われず。

「無論、対価が重いのは承知の事。余剰分は望みに応える事で吊り合いとしよう」

望み。はてさてどれくらいの望みならば応えてくれるというのか。
真に望む事など応えられはしないだろうが。

不意に、かつて呪を施された場所が痛んだような気がした。


「最後の子を助ける術を探しておるのだろう?」

息を呑む。表情が険しくなる。
視える神なのだから不自然ではない。いや、それを対価に出すとは、おそらく最初から知って呼ばれたのだろう。


釈然としないが、まあ仕方がない。
一つ頷いて荷物と、気を失っている彼女を抱えて歩き出す。

「何処へ行く?」

屋上。人差し指を上に向け、伝える。
空間が戻った後のこの状況を、第三者に伝える面倒は避けたかった。倒れていた少女達も死んでいるわけではないのだから問題はないだろう。

「そうか。なれば続きは移動してからにしよう」

戻るのではないのか。
当然の如く付いてくる神に、理解が追いつかない。
そもそもこの場から動けるのだろうか。

「言ったであろう。我の手足となれ、と。娘自身を依代としておるからな」

憑いていくのは当然であろう、と愉しげに笑う神から思わず目を逸らす。
これは本当に面倒な事になったようだ。



20240728 『神様が舞い降りてきて、こう言った。』

7/28/2024, 10:00:06 PM