ところにより雨
※人によっては気分を害する表現が含まれます。
雨が降っていた。
父が死んだ。そう告げられたのは大暑。じめじめとした、セミさえ鳴きやむ茹だるように暑い夏の朝だった。
父の葬儀の日は、曇天の空模様だった。重く黒い雲は空一面を多い、太陽の光を覆い隠してしまっていた。夏の昼間だと言うのに外は暗く、室内は少し眩しいくらいだった。鯨幕で覆われた部屋の中は物悲しさだけが満ちていた。
雨が降っていた。
棺に横たわる父を見た。眠っているようだった。今にも起き出して、「おはよう」と声をかけてきそうなくらいに。穏やかな表情で父はそこにいた。花が苦手だと言って、近寄ろうとしなかった父の周囲を、一際嫌いだったゆりの花が囲っていた。スーツに花粉が着くとなかなか取れないんだ、と珍しく眉をひそめて言っていた父。頬についていた花粉をそっと拭った。いつも柔らかで温かかった肌は石のように固く、冷たかった。
雨が降っていた。
__人は死んだら石になるんだよ。
いつか聞いた父の言葉が頭を過った。額に1度キスをした。冷たい肌。大きくなるにつれてしなくなった触れるだけのキス。脳裏に浮かぶのは馬鹿みたいに喜ぶ父の笑顔。目の前の父はピクリとも動きはしなかった。柔らかく微笑む口元は記憶にある父の笑顔と違いすぎて、まるで別人のように思えた。
雨が降っていた。
ゆっくりと立ちのぼる煙をただただ見つめた。立ち上る煙の中にはきっと混ざっているのだろう。父のからだ。家族写真。昔送った似顔絵に、ネイビーブルーのネクタイ。空へ空へと高く登っていく。手の届かない先へと。
雨が降っていた。
空は相変わらずの曇天だった。空全てを覆った黒い黒い雲は、それでも雨粒をこぼさない。じめじめとした生温い風だけが肌に触れる。これでは、外に出てきた意味が無い。
雨が降っていた。
父が病気であったことを今朝知った。触れた父の頬には私の知らない、いくつものシワが刻まれていた。ごわごわとした白髪混じりの黒髪は柔らかで細い真っ白なものへと変わっていた。眠る私を抱き上げた大きな体は、知らぬ間にやせ細り、小さくなっていた。記憶の中の父とはあまりにも違う姿。田舎を嫌い、出ていった私。顔が見たいと、何度も連絡が来ていたのに。
雨が降っていた。
地面に、服にぽたぽたと落ちる雫。頬を伝う生ぬるい熱。ずっ、と鼻が湿った音を鳴らした。
雨が、降っていた。
その日、止むことは無かった。
3/25/2026, 10:08:29 AM