となり

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 石油ストーブの上で餅の焼ける音がする。焦げ目のついた白くて丸い風船がぷしゅうと息を吐く。天井近くのエアコンだけが一際強く唸り、雪にあてられた隙間風が障子を叩くのにいちはやく気付いていた。
「お餅、何個食べる?」
「んー……、ひとつ」
「砂糖醤油と海苔はこっちね」
「うん…………」
 台所でけたたましく騒ぐやかんの音。焼いた餅を皿に乗せ、慌ててコンロの火を止めにいく母親。過保護な残像を横目で捉えながら、僕は炬燵に顎を乗せた。暖かい冬の部屋は身も心も、時間だって溶かしていく。生返事が続いてしまうのも許されたい。こんなにも世界はゆるやかなのだから。
 やかんの音が止まってからは密かに何かを煮込む音が聞こえる。ぐつぐつと、白い香りがここまで届いて、非常にのんびりとした速度で頭が豆乳鍋を理解する。夕飯後は更に体があたたまることだろう。
「……次のニュースです。今夜は、今年一番の大雪になるでしょう。仕事納めになる方が多いと思いますが帰り道はじゅうぶん気をつけて……」
 テレビから流れる速報がどこか遠くの出来事のように思えた。窓を叩く音の主はいつの間にか霰に変わっていたのに。それも他人事で、凍てつく外の何もかもが今の僕には別世界で。この暖かい部屋と一つになってしまいそうなくらい、溶けていた。──具体的に言うと背中を丸くして片頬までぺったり机に乗せていた。
「お餅、かたくなるわよ」
「んー……」
 戻ってきた母親に肩を叩かれ、炬燵と一心同体になりかけた身体を無理矢理起こすことに成功する。目の前に置かれた二つの皿のうち、砂糖醤油の入った皿を手前へ。箸で餅を千切ると、海苔を巻いてから砂糖醤油に浸し口に入れる。
「あちっ」
「ほら、ふーふーして」
 言われるまま、ふうふうと息を吹きかけてからもう一度餅を食む。砂糖醤油の甘じょっぱさと海苔の風味が絶妙で、口の中に広がった瞬間、眠気は吹き飛んだ。
「うまっ!」
「喉、詰まらせないようにね」
 隣で同じように息を吹きかけ、僕より小さい一口を齧る母親も美味しい、と言って笑顔を見せる。
 ふと、炬燵の真ん中を陣取る蜜柑と目が合った。深めの丸い器に入った橙色の山、その頂上に僕と母さんのふたりが居る。餅が焼けるまでの間、暇だったから黒マジックで顔を描いたのだ。美味しそうに餅を食べて笑う母さんと同じ笑顔の蜜柑を少しだけ眺めて、二口目を咀嚼する。後ろではまた、やかんから水蒸気の音が漏れ始めていた。沸く直前のしゅんしゅんと泣く声は、数秒後には再びけたたましい叫び声となるのだろう。毎年変わらない味と変わらない光景、冬の温もりが沁みていた。


#みかん

12/29/2024, 6:34:00 PM