霧つゆ

Open App

 小さな頃から、耳が良かった。別に遠くの音が聞こえるとか、そういうものじゃないけど、集中して耳を澄ますと海や山の声が聞こえてた。

 【今日は、雨だから山に来ては、いけないよ。】

 【今日は、天気がいいから海においで。綺麗だよ。】

 そう、海や山は語りかけてきた。「警告」や「遊びにおいで。」などの言葉通りに動くと、本当にその通りになった。警告された日に土砂崩れが起こったり、遊びに誘われた日は砂浜で貝殻がたくさん取れたり。その事を両親や村の人達に話しており、全員偶然だろうと本気にはしていなかった。
 しかし、年月が経っても、私には海や山の声が聞こえており、私は毎日村の人達にも、伝えていた。

 「今日は、山に登ると良い山菜が取れるそうですよ。」

 「今日は、海に近づかないでね。瓦礫が多いみたい。」

 信じていなかった村人たちは、年月を重ねるに連れて、私の事を信じるようになった。神の生まれ変わりだとか、お告げをするために生まれてきたとか。
 そうして、私はいつの日か、木枠に囲まれたとある場所に閉じ込められた。自由が一切なく、村人から豪華な果物や魚などが、朝晩に届けられ、それを食し、海や山の言葉を村人に伝える。
 ただ、それだけ。
 日付の感覚もなくなり、窓も無いため、時間感覚は朝晩の配給でしか補えなくなった。

 ある日、海と山から荒れた声が聞こえた。

 【【あぁ、我が子よ。そこから出してやろう】】

 そう、言われた。その瞬間感じたこともない揺れと音を感じた。扉を開けられない為、どうすることも出来ない。ただ、1人。その揺れと音に怯えながら耐える他無かった。
 数分以上も続いたように感じた感覚は落ち着き、扉にドンという低く鈍い音がした。その衝撃で扉が半壊。光をさしていた。私は半壊した扉をゆっくりと開けた。
 目の前に広がるのは、跡形もなくなった村だったもの。
 目を開き、状況を飲み込めない私に、海と山は囁いた。

 【【さぁ、もう自由だよ。】】

 耳を澄ませずとも、耳元で鮮明に聞こえた気がした。

No.10 _耳を澄ますと_

5/5/2024, 3:05:44 AM