「聞いてない」
「言ってないもん」
にこりと笑う友人を睨めつける。
「っ、帰る」
「今更だよ。覚悟決めなって」
「だから、心の準備がまだ、」
言いかけた言葉は、見知った少女を視界に入れた事でそれ以上は形にならず。
逸らそうとして逸らす事が出来ない視線が、逆に不自然で目立つような気がして。助けを求めるように、責めるように友人を見た。
その視線に、やはり友人は笑みを返し。事もあろうに少女達に向けて大きく手を振り呼び寄せた。
「こっち!」
こちらに気づき、近づく二人の少女。
活発そうな少女がもう一人の手を引き、おまたせ、と声をかけた。
「ごめん。待った?」
「全然。私達も今来たとこ」
ね、と同意を求められ、無言で頷く。
「取りあえず、お茶にしよっか。この近くにいいお店があるんだ」
友人に促され、そろって歩き出す。
すぐ側に、手を伸ばせば触れられるほど近くに、懐かしい彼女がいる。
その事実に、酷く泣きそうだった。
落ち着いた曲の流れる、カフェ内。
奥の四人席にそれぞれ座り、一通り注文を済ませた後の事。
「まずは自己紹介からだね。私は紺《こん》。んでこっちがあーちゃん」
「あだ名で自己紹介なんてしないで……彩葉《あやは》。一応よろしく」
笑顔で適当な自己紹介をされそうになり、溜息を吐きながら名を名乗る。
よろしく、でいいのかは分からない。そもそもこの集まりがどういうものなのか、友人からは何一つ知らされていなかった。
不安に少し冷たい言い方になってしまった気もするが、目の前の二人は気にしていないようだ。
「あたしは曄《よう》。よろしく」
活発そうな少女が、こちらを見て笑いかける。それに小さくよろしく、と返して、自然と目がもう一人の彼女へと移る。
目が合う。小さくはにかんで、ゆっくりと口を開いた。
「黄櫨《こうろ》、です。よろしく」
思わず伸ばしかけそうになる手を、机の下で強く握り締める。
今の彼女とは初対面だ。出会ったばかりの見知らぬ女にちゃんと自己紹介が出来た事を褒められても、困るだけだろう。
「それで?これは何の集まりなわけ?」
意識を逸らすように、友人へと視線を向ける。
無意識に目つきがきつくなってしまうのは、仕方がない。
「何って…女子会?みたいな。状況報告でお互いに落ち着いたみたいだし。連休だったしで、いいかなぁって」
「あたしもこの子を連れ出したかったし。ちょうど良かった」
顔を見合わせ笑う友人と少女に、溜息が漏れる。
文句の一つでも言おうかとも思ったが、タイミング良く注文した品が来た事で、取りあえずは口を噤んだ。
「彩葉さんが頼んだやつって、あんみつ?珍しいね」
少女の言葉に、顔を上げて首を傾げた。
「あんみつだけど。そんなに珍しい?」
「あたしがただ知らないだけだと思うけど。近所のカフェは皆ケーキとか洋菓子メインだから」
言われれば確かに。ここ以外であんみつやぜんざいなどがメニューにあるのを見た事がない。あって抹茶パフェくらいなものだ。
友人に視線を向ける。最近よく来るカフェではあるが、ここがおいしいと連れてきてくれたのは友人だった。
「だってあーちゃん。和菓子、好きじゃない。お寺にばっかいすぎたせいもあるんだろうけどさ」
「まあ、確かに。ケーキと大福なら、大福の方が好き、かな……ありがとう」
つまりは自分の好みに合わせて、カフェを探してくれたのだろう。
礼を言って気恥ずかしさに視線逸らし、白玉を掬って口に入れる。
仄かな甘みを噛みしめながら、ふと視線を上げる。
ちらちらとあんみつを見ていた彼女に、そういえば餡子は彼女の好物だったなと思い出し。
深く考えず、白玉と餡をスプーンに乗せて彼女に差し出した。
「え、あの。その」
「ぁ…ごめん」
困惑する彼女にはっとして、慌ててスプーンを下げ俯く。
やってしまった。彼女を困らせてしまうつもりはなかったのに。
「あ、別に嫌とかじゃなくて。あの、びっくりしたというか。その」
こちらを気にしてだろう。慌てて不快ではないと伝えてくれる彼女に、ただ申し訳なさが募る。
「ごめん。やっぱ帰る」
「あーちゃん」
「っ、待って!」
立ち上がりかけた体は、けれど友人の手と彼女の呼び止める声にそれ以上動けず。
縋るように友人を見れば、何も言わずに首を横に振られた。
彼女を見る。先ほどとは違い真っ直ぐな眼に、促されるようにして席に着いた。
「あの、本当に嫌ではなかったんだ。なんかどちらかというと、うれしかったし。懐かしいな、って」
柔らかく微笑まれる。
懐かしい、の言葉には、どう返すのが正解なのか。分からず何も言えない自分に、大丈夫だと掴まれたままの手が優しく繋ぎ直される。
「きっと彩葉さんは、お社にいる私にとって大切な人なん
だなって分かる。思い出せない事がすごく苦しいくらいだ…だから、これは私のわがままでしかないけれど、彩葉さんが許してくれるなら、友達になってもいい?」
何か頼み事があるとまず相手に許可を求めるのは、彼女の良い所であり、悪い所だ。昔からずっと変わらない。
そしてその頼み方に、自分は一等弱いのだ。
「彩葉でいいよ……こちらこそ、よろしく」
視線を逸らして、小さく呟く。ふふっ、と隣から聞こえた噛み殺したような笑い声に、八つ当たりも兼ねて、足を蹴った。
「ちょっ、暴力反対」
「五月蠅い。笑う方が悪い」
くすくすと、今度は目の前の二人も笑い出し、もう一度友人の足を蹴って誤魔化すように笑う。
何だか、先ほどまで色々と気にしてぎこちないと思っていた空気が嘘みたいだ。
気にしていたのは自分だけだったのだと気づいて恥ずかしくなる。
「あーちゃんは気にしすぎさんだからねぇ」
心を読んだように友人が笑う。
「ま、いいや。あーちゃんが慣れてきたみたいだし。改めて、女子会の開催でも宣言しちゃおっか」
「もう、紺の好きにするといいよ」
「仲良いね、二人とも。あぁ、そうだ。あたしも彩葉って呼んでいい?あたしの事も曄って呼んでいいから」
「分かった。さん付けって慣れないから、正直助かった」
「それじゃ、改めてよろしく、彩葉…で、あんたは物欲しそうにあんみつ見ないの。また今度買ってあげるから」
「み、見てないから」
急に賑やかになってしまった。だがこの賑やかさは苦ではない。
少しだけ、懐かしくて寂しい気もするけれど。
「一口だけだよ」
もう一度差し出したスプーンに、今度は困惑する事なくうれしそうに口を開ける彼女を見ながら。
どこかぼんやりと、過ぎてしまったあの夏を思い出していた。
20241025 『友達』
10/27/2024, 12:20:07 AM