わをん

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『ココロオドル』

南洋にほど近い国で採掘されたという青みがかった透明な石は削られて磨かれて輝きを得ると人を惑わす宝石となった。石に魅入られたひとはあの石は私のためにある、となりふり構わず思わせられる。夜会で石を身に着けた人は親友と思っていた人に命を奪われ朝を迎えることは叶わなくなった。舞台で石を身に着けた人は乱入した観客によって命を奪われ、セリフを発することなく倒れ伏した。石を奪い取った盗賊団の頭領は戯れに石を身に着け、配下の盗賊によって団もろとも壊滅させられた。
人を流れ国を流れ、石は不気味なほどに輝いてショーケースの中に収まっている。歴史を知るものは近づくことをも恐れたが、何も知らない年若い少女は毎日熱心に通りがかっては石をガラス越しに見つめていた。何も持たない私だけど、あの石があればなにか変われる気がする。そんな思いを日に日に膨らませていた彼女はある時、いっとうお気に入りのフリルのワンピースを着てバールを手にショーケースの前に立っていた。振りかざしたバールを躊躇なく振り下ろすとショーケースは派手な音を立てて辺りに散らばり、彼女と石を隔てるものは跡形もなくなった。ガラスを踏み越えて歩み寄った彼女はうっとりした目で青みがかった石を手に取り、頬に寄せる。どうしてこんな簡単なことをもっと早くにしなかったのだろう!フリルのワンピースの胸元に付けられた大きな石の嵌まったブローチは、傍目から見れば不釣り合いではあったが、胸震え心躍らせた彼女は満足そうに頷いて石をひと撫でした。遠くから大勢の足音が聞こえてくるにもかかわらず、彼女は楽しげに笑ってみせると石とともにその場を走り去ったのだった。

10/10/2024, 3:18:16 AM