スランプだ。
一文字も文字が浮かばないなんて、死活問題もいいところだ。文章が書けない小説家なんて、ニャーと鳴かない猫、雪を見て庭を駆け回らない犬……駄目だ、本当に駄目だ。駄文しか出てこない。
注文したコーヒーを飲み干し、おかわりを頼む。ここのカフェは時間帯限定でお代わりが半額になる。加えて空いている時だけと限定されてはいるが小説仕事をしていいとも言われている。なんて優しいオーナーだ、見返りはサインとここのカフェを題材にした小説を書いて宣伝しろと言われているが、本気で俺の小説を広告塔にしようなんて思っていないくせに。
「カフェラテに替えておきましたよ、その調子じゃ糖分も必要でしょう」
オーナー自らがカップを持ってくる。コーヒーで粘っている逆にずいぶん甘いことだ。
「もちろんカフェラテ代は追加でいただきますよ」
「押し売りじゃないか」
オーナーのくすくすと笑う声に思わず口角が上がる。彼女の声が、口調が、追い詰めないギリギリで寄り添ってくれている気がした。
「カフェラテを飲んだらまたコーヒーを淹れますよ。そっちはサービスしましょう、少し休憩しませんか」
そう言って向かい側に座るとにこりと笑う。自分用にコーヒーまで入れてきたようだ。なぜ彼女は自分を気にかけてくれるのか。
「あなたには芥川賞を取ってもらってこの店を宣伝していただかないと」
「嘘くさい笑顔でそれっぽいことを言うな」
「まぁまぁ、私がコーヒーを飲む間くらい雑談しましょうよ」
冷める前には飲んでしまいますから、と彼女は続ける。口に含んだカフェラテは妙に甘くて、脳がじんわりと動き出したような感覚がした。
「では、私が体験した話をひとつ」
コーヒーの湯気は彼女の前でゆらゆらと揺れていた。
【コーヒーが冷めないうちに】
9/27/2025, 9:36:18 AM