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#雨に佇む

 木霊を見たことがある…と言ったら笑われるだろうか、子供の頃の話だ。

 祖父母の家の庭外れに大きな百日紅の木があって、季節には白いきれいな花が咲くのだが、独身で同居の叔父はいつも邪魔物扱いしていた。
カーマニアの叔父は、そこに新しい駐車場を作りたかったらしい。
 家主の祖父も大して思い入れはなかったようで、では切ってしまおうという話になった。

 いよいよ伐採業者が入る前日の夕方、祖父母宅で一人で留守番をしていた私は、テレビアニメが終わったタイミングでなにげなく窓の外を見た。
すると、百日紅の木のそばにポツンと佇む人影が見えた。
 雨が降っているのに、女性が傘も差さず激しく泣きじゃくっている。
身も世もない…という言葉を当時は知らなかったが、まさにそんな泣き方だった。
 私はびっくりし、そして怖くなった。
カーテンをそっと閉めると家中の鍵を確かめ、テレビを消してひたすら母と祖母の帰りを待った。
 買い物へ行っていた二人は、その後10分ほどで帰ってきた。
庭で女の人が泣いてる!という私の話を母も祖母もまともに聞いてくれず、そんな人は居なかったし、気のせいだ、と言われて終わってしまった。

 実はつい最近、この話を十数年ぶりに母にしてみたのだが、母は全く覚えておらず、苦笑しつつこんな風に言った。
「たぶん悟の元カノか何かだと思ったのよ、あのころ派手に遊んでたから」
 悟というのは叔父の名前だ。
そうなのだろうか、そうかもしれない。
 でも私は見たと思う、泣いていた女性は、体の半分が透けて木に溶けていた。
今でもあれは、明日伐られることを悲しむ、百日紅の精霊だと思っている。

8/27/2024, 11:48:49 PM