「な、んで……」
「えへへ……」
目の前にいるのは、死んだはずの彼女だった。俺の家へ来る途中、交通事故で亡くなったと知らされた時は後悔と苦痛で壊れそうな程泣き喚いたのだ。
それなのに、自分の目の前には、彼女がいる。
「1日だけ、会いに来たよ」
「……1日?」
「うん。ほら、手とか足とか透けてるでしょ」
「おう……」
「1週間だけ一緒にいれるから、後悔してる事全部しよ!」
「待って、頭が追いつかな」
「早く!行こう、今夏休みでしょ?」
彼女に手招きされるがまま、ショッピングモールやら遊園地やら駆け回る。周りから見たら1人で男子がはしゃいでいる異様な光景なのだが。
振り回され続け、気づいたらもう太陽が沈みかけていた。途中からは自分も楽しくなって、手を繋ごうとし他が彼女の手は掴める訳がない。
「あ!ストリートピアノ!弾いてもいい?」
「もちろん。お前のピアノ久々に聴くな」
「確かに。マンションじゃ置けなかったもんね」
周りから見ても不思議じゃないように、自分も座って鍵盤に手を添えておく。ぽんぽん、と膝を叩き、彼女を自分の膝上に乗せた。……乗せるフリなのだが。
「何弾くんだ?」
「んー……じゃあ王道にカノンで!」
そう言って彼女はピアノを弾く。他の物体には触れなかったのに、何故かピアノだけは音を奏で始めた。
「……綺麗」
ぼそり、と心の声が漏れる。ピアノの音も、滑らかに動く手も、楽しそうにピアノの弾く彼女も。優しい音色が広場に響き渡る。
4分程で一通り弾き終えると、彼女はふんわりこちらに向かって微笑んだ。
「ほんとに出会えてよかった。私の分までお幸せにね!」
「待って、まだ」
透明になっていく彼女の顔が近付いて、唇にひんやり冷たい感覚。一瞬、瞬きをしたが最後彼女は居なくなっていて、通りがかりの人達が“俺”のピアノの演奏に拍手を送っていた。
『君の奏でる音楽』
8/12/2024, 10:23:58 AM