「善逸。ここは冷えるぞ。中に入らないか?」
黄金色の髪が左右に揺れる。水分が多く重いせいか、それとも目の前の彼の気力がないからなのか。動きはいつもの彼に比べると、ひどく鈍かった。
羽依さんが消息を絶ってから早くも二週間が経った。初めのうちはどんな顔をして会えばいいのか変に考えてるだけだ、と呆れたように言っていたしのぶさんたち柱の方々も、次第に事の重大さに気付いたらしい。羽依さんの屋敷に一羽佇む彼女の鎹鴉、干されたままの隊服や着物、一足も減ることのなかった草履。誰もが彼女を屋敷を訪ねて思った。何者かに連れ去られたのでは?と。もちろん俺や善逸、伊之助、カナヲも例外ではない。争った様子のない部屋の数々にその考えはすぐに消え失せたのだが。
初めは羽依さんが必ず生きているのだと信じて疑わなかった善逸も、柱総出で一週間探し尽くした後は何も言わなかった。生きているはずだとも、死んでいるのだろうとも。
それからだった。善逸の徘徊が始まったのは。
徘徊、というと少し語弊が生まれるかもしれないが、決して夢遊病ではない。寝ている、というわけではないし、本人曰く徘徊しているという意識はあるらしい。
決まって雨の日、もしくは月が出ている夜に善逸は蝶屋敷を抜け出し外に出る。対策として柱が見張りについても、なぜか気付かないうちに抜け出されているのだと彼らは語る。その話を聞いてからカナエさんは少し善逸に対して寛容的になったように思う。以前は無理は禁物、出歩くのはダメよと圧の強い笑顔で言っていたような気がするのだが。何か通ずるものがあったんだろうと俺は一人思っている。
「……いつも、そうなんだ」
「…………!!」
ここしばらく──善逸が徘徊を始めた頃から、善逸が何かを話してくれることはなかったので黙って耳を傾けた。何か善逸のこの状況を改善するきっかけが見つかるかもしれない。
「羽依さん、雨の日とか月の出ている夜は外に出て鬼が来ないように見張ってるんだ」
「特に蝶屋敷は、怪我人とかが多いからって、秘密裏に」
「カナエさんに見つかると、いつもため息をつかれるって言ってた。こんな時間まで何してるのって。女の子でしょって」
「だから、隠れてやってたんだって。見つからないように、いつも」
「俺がそれに気付いたのは偶然でさ。厠に行く途中だったんだ。それで、羽依さんを見つけて」
「羽依さん、バレちゃったか、って困ったように笑ってて。ほんとは教えてくれなくてもいいのに、あの人素直だから、教えてくれた」
「俺もやりたいって、そう言ったんだ。そしたら羽依さん、悩んでたけど次の日が非番で、私と一緒ならいいよって。そう言ってくれた」
「そっからはさ、俺も手伝ったんだ、羽依さんの仕事。もちろん危ないって言われてやらせてくれなかったやつもあるけど、それでも嬉しかった」
「羽依さんの役に立てて」
「いつか、羽依さんの隣で、羽依さんのこともみんなのことも。守れるって俺、思ってたんだ。本気で信じてた。なのにさ、なのにさ……」
こんなことって、ないよ。
『ねぇ、羽依さん!俺、羽依さんの隣で羽依さんのことを今日みたいに守れるようになる!!』
『羽依さん、じゃなくて師匠でしょ。ったく、ほんといつまで経っても治らないね、キミのその呼び方』
『呼び方なんてどーでもいいじゃん!それよりもさ、ね、ね!いいでしょ?』
『どうでもよくはないんだけど…。まぁ、そうだね。君が私を師匠と呼ぶ、かつ鬼舞辻との決戦で生き残っていたら。考えなくもないよ』
『えーーっ!!何それ?!それじゃ意味ないじゃん!』
『意味あるよ。鬼のいない世界でも人に害を成す存在はどこにだって存在する。それを見張って討伐する役。キミと分担出来たらないいなって思うんだけど、どう──?』
【好きな人とした初めての約束は叶わぬ願いごと】
6/3/2025, 12:12:46 PM