かたいなか

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「何の『声』が聞こえるか、ってハナシよな」
久しぶりに書きやすそうなお題が来た。某所在住物書きは題目の通知画面を見ながら、安堵のため息を吐いた。
「鳴き声、泣き声、怒鳴り声、猫撫で声、声なき声に勝どきの声。『話し声が聞こえる』がこの場合、比較的書きやすい、のか?」
まぁ、時間はたっぷりある。前回書きづらかった分、今回はゆっくりじっくり物語を組めば良い。
物書きは余裕綽々としてポテチを食い、スマホのゲームで気分転換をして、

「……あれ。意外と、パッとネタが降りてこねぇ」
結局、いつの間にか次回の題目配信まで4時間プラス数分となった。

――――――

今年はなかなか、秋の近づく声が、聞こえづらいような気がしますが、皆様如何お過ごしでしょう。

最近最近の都内某所は、ようやく少しだけ気温が下がって、ほんの少しだけ夏の終わる気配。
とはいえ月末にまた30℃超の真夏日が来るらしく、一進一退の残暑と晩夏が続きます。
このおはなしの主人公、雪国出身の藤森といいますが、暑さ涼しさの乱高下と、諸所のトラブル事情で、少々お疲れ気味の様子。
どんより暗い雲の下、自分のアパートの近くにある、森深き稲荷神社にやって来ました。

「はぁ」
坂を登って、鳥居をくぐって、阿吽(あうん)な狐の石像を通り過ぎ、賽銭箱に小銭をチャリン。
大きなため息ひとつ、階段に座り、神職さんが手入れをしているのであろう花畑を見つめました。
「東京だろうと田舎だろうと、花はキレイだな」

丁度、ヒガンバナの咲き始めるシーズンでした。
満開にはちょっとだけ遠いものの、ポツポツ、狐の神社に赤い花が少しずつ顔を出して、フォトジェニックスポットを絶賛形成中。
ひとり、ふたり、狐の石像とヒガンバナを同時に写真に収めては、満足そうに去ってゆきました。

「ここのヒガンバナも、見納めか」
藤森は来月末、東京を離れて、田舎に帰る予定でおりました。
理由はカクカクシカジカ、まるまるチョメチョメ。
要するに、過去の恋愛トラブルが尾を引いて、今になって藤森の周囲に、藤森が都内に居るせいで、小さな迷惑の火の粉が降りかかったのです。
藤森はそれが悲しくて、悔しくて、色々疲れてしまって、神社の花に癒やしを求めに来たのです。

「……キレイだな」
ポツリ。藤森が再度呟きます。
パトカーのサイレン、ドクターヘリのローター音、電車の通過音に何かのデモ活動の合唱。
それらはすべて神社の森によって少し低減され、
藤森の周囲には、ただ、大型ビオトープたる泉と小川のせせらぎと、風に戯れる枝葉のささやきだけがありました。
「さて。……いい加減、レンタルロッカーの整理を終わらせないと」

そろそろ、作業に戻ろう。現実に帰ろう。
藤森が階段から腰を上げて、もの哀しげに背伸びをした、その時でした。

ギャン!ギャン!
ここでようやく今回のお題回収、神社の拝殿の下から、狐の吠える声がしたかと思うと、
稲荷神社在住のコンコン子狐が跳び出して、藤森のズボンの裾をかじり、ぐいぐい一生懸命引き留めにかかったのです!
行っちゃダメ、行っちゃダメ!
不思議な不思議な子狐の声は、必死に藤森に叫んでいるようです。
何事だろう。
首を傾けた藤森に、まさしく丁度のタイミングで、
ポツリ、ポツリ、大粒の雨が落ちてきました。

「雨か」
藤森はなんとなく、理解しました。
「しまった。傘を持ってきていない」

ヒガンバナ咲き、狐の石像が見守る稲荷神社を、バラリバラリ、秋雨が濡らします。
雨降って、気温が下がり、木の葉が色付き始める。
東京もそろそろ、秋、……の筈です。

9/23/2023, 5:53:45 AM