結城斗永

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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は実在のものとは一切関係ありません。

 舞台に照明がともり、聞こえてくる三線に笛と琴の音が重なる。左肩にかけた手ぬぐいは鮮やかに紅く、右手に握られた番傘の紫色が鈍く光を照り返す。
 琉球舞踊『花風』――。
 愛する役人が旅立ってしまうのを、船着場から離れた高台で隠れて見送る遊女の姿を描いた踊り。
 私はその役人にあの人の姿を重ねながら、静かに、そしてゆっくりと舞台の床を踏み込む。

 ◆◇◆
 
 その日、私が那覇空港の展望デッキに到着した時には、すでに飛行機は搭乗口から離れて動き始めていた。
 視界の中に収まってしまうほどに小さくなった飛行機の中で、人々の姿は殊更に小さく判別することなど叶わない。ただあの中に貴方がいる――それだけは確かだった。

 〜三重城にのぼて 手巾持上れば
  速船のならひや 一目ど見ゆる〜
 (三重城の高台に登って手ぬぐいをかざしてみても
  行く船は速すぎて少しの間しか見られなかった)

 あの人との初めての出会いは三年前。県の文化交流事業がきっかけだった。
 琉球舞踊の保存と継承のため、私の踊りを映像に収める。それが文化庁職員である貴方の仕事。
 東京から転勤してきたばかりの貴方は、まだ沖縄の風土に慣れきらず、かりゆしウェアの集団の中で一人だけワイシャツ姿だった。緩みのないネクタイに折り目の整ったスラックス。私はすぐに貴方の虜になった。ただ、薬指の指輪に気づくのが一足遅かった……。
 たとえ他に想う人がいたとしても、私は貴方を振り向かせたかった。そして、関係を深めたいと望む一心から、貴方に踊りを披露した。
 
 次第に深まっていく関係は、同時に決して表に出してはならない関係になっていった。私と会う時だけは、薬指の指輪を外してくれた貴方。
 しかし、文化交流事業の期間が終わり、東京に戻ると聞かされたあの日の薬指には指輪が鈍く切ない光を放っていた。
 そこで改めて、貴方には他に愛する人がいるという事実を突きつけられたようで、胸が痛む。
 
 〜朝夕さもおそば 拝みなれそめの
  里や旅しめて いきやす待ちゅが〜
 (朝夕常に一緒にいた貴方が旅立ってしまったら、
  この先どのように貴方を待てばよいのでしょう)
 
 今日という日も、ロビーで堂々と貴方を見送れたらどんなに良かっただろう。
 私はポケットから取り出した紅いハンカチを、遠ざかっていく飛行機に向けて静かにかざす。秋の風がハンカチをひらりとはためかせ、二人の燃えるような愛の色が空に泳ぐ。

 東京に戻っても私のことは忘れずにいてくれるだろうか。こうして貴方を見送っているこの瞬間も、そんな一抹の不安は拭い去れないままだった。

 ◆◇◆

 踊りも終盤に差し掛かる。背中に開かれた番傘を肩にかけ、その端にゆっくりと左手を添える。はるか遠くにいるあの人に想いを馳せながら、目線を遠くに飛ばす。
 目を瞑ればそこに貴方の姿が浮かんでくるのだから、どうしたって忘れることなどできはしない。ただ、貴方がいまも健康で幸せに生きていてくれるのなら、それだけで幸せだ。
 貴方の存在を遠くにでも感じられるだけで、私はこうして踊り、生きることができる。
 
 繰り返される三線の調べの中、私は傘を翻し客席に背を向ける。舞台袖へと進める一歩一歩に、あの人との思い出が浮かんでは消えていく。
 舞台袖で立ち止まった背中に、三線の音色に重なるようにして拍手の音が聞こえてくる。その中にあの人の拍手も混ざっているような気がした。
 番傘に隠した顔を伝う涙が、誰にも見られていないことを切に願う。

#愛-恋=?

10/15/2025, 6:21:35 PM