→短編・スイッチボタン
ゆーくんがベッドから飛び起きたとき、朝の9時を回っていました。いつもは日曜でも8時にはお母さんが起こしてくれるのに、今日はどうしたんだろう? 小学校が休みだからかな??
キッチンに向かうと、お父さんが一人、ダイニングテーブルに腰掛けていました。
「おはよう」
「おはよう」
スマートフォンでニュースを見るお父さんは眠そうです。昨日は遅くまでトモダチと飲み会だったのです。
「これ、何?」
ダイニングテーブルに小さな切り替えスイッチが置いています。
「過去に行けるスイッチだってさ」
お父さんは眠そうに大きなあくびをしました。
「マジで?」
「実は、ちゃんと覚えてないんだ」
ゆーくんに問いただされたお父さんは、照れくさそうに笑いました。どうやら、酔っぱらった帰り道に誰かから買わされて、上着のポケットに突っ込んだというのです。
「もー! お母さんに怒られるよ!」
ゆーくんはスイッチを手にとってみました。どこにでもありそうな、でも、単体で見る機会はあまりないスイッチは、ゆーくんの手の中で肩身を狭くして収まっています。
「お母さんにはナイショな」
お父さんは、シーっと口に指を立てました。「はいはい」とゆーくん。
「お母さん、どこに行ったの?」
「さぁ? お父さんもさっき起きたんだよ。洗濯はしたみたいだなぁ」
マンションのベランダに、洗濯物がはためいています。ゆーくんの野球クラブのユニフォームや、お父さんが昨日来た上着がなどなど……。
「買い物かもな」と、付け足したお父さんにゆーくんは訝しげです。「スマホも買い物カバンもここにあるよ?」
「まぁ、いいさ。すぐに帰ってくるだろ。よし! 朝飯、何か作るか!」
「えー! お父さんのごはん、美味しくないからやだぁ」
お父さんの突然のやる気に、ゆーくんはスイッチボタンをポイっと投げてしまうほど反発しました。
―カシャン!
ボタンは床に落ちて大きな音を立てました。ゆーくんが慌てて拾い上げるも、ボタンはバネが飛び出して壊れています。
「ごめんなさい……」
しょげかえるゆーくんの頭をお父さんはグリグリと撫でました。
「いいよ、どうせおもちゃだ。さて! それよりも裕も手伝えよ。お母さんが帰ってくる前に朝ごはんを完成させるぞ!」
二人は朝ごはんの支度を始めました。
スイッチボタンはゴミ箱行きです。壊れたスイッチボタンの側面に見落としてしまいそうな小さな文字で注意書きが書かれています。
『過去にいけます。でも、行くだけで戻って来られません。』
お母さんは、どこに行ったのでしょうか?
テーマ; もしも過去へと行けるなら
7/25/2025, 3:54:08 AM