長月より

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 宮川翔吾の暮らすところは、とても辺鄙な田舎である。一応まだ人の多いところではあるが、それでも田舎は田舎だった。一歩外に出れば山が見え、数百メートル先には田んぼがあり、道ゆく人は高齢者か学生ばかりである。

 しかもとうとう先月、学校帰りに立ち寄っていた本屋が潰れてしまったのだった。今は昔からある教科書を斡旋して販売している小さな本屋があるくらいである。しかし、そこは帰り道ではないので利用するのに大変不便だ。最近は渋々コンビニでかろうじて売っている流行りの本を買うか通販か電子書籍くらいしか選択肢がない。

 服も若者向けのものはなく、高齢者か小学生までの子供向けのものばかりだった。これではお洒落を楽しめないしちょっとマイナーな本の存在も認知できない。

 と、いうわけで、往復約四千円の学生にしては大金を叩いて若者は街へ遊びに行くのである。それは翔吾も例によって漏れず、土曜日で特に学校の補習も用事もない今日の日に、学校ではほぼ毎日べったりとくっつかれている高宮早苗と買い物へ街へ繰り出しているところだった。

 大型の高速バスは街へ向けて揺れながら進む。車の揺れというのは結構眠りを誘うものだ。乗る時ははしゃいでいた早苗は隣で爆睡してしまっている。大変静かなものだ。起きている時もこれくらい静かであってほしい。いや、本当に静かになられたら流石に病気か何かを疑うが。

「おい、起きろ。もうすぐ着くぞ」
「んにゃ……、もう少し……」
「もう少しもねえんだよ。起きろ」

 肘で突っついて早苗を起こす。が、もぞもぞと少し動くだけですぐに寝てしまう。ちょうどバスがインターチェンジを抜けた。あと五分か十分で目的地に着くだろう。その前に起こさなければならない。

「早苗、起きろ」

 あまり大きくない声で体を軽く揺する。そうすると早苗はようやく起きようとしたのかぎゅ、と瞑っていた目をさらに力を入れて瞼を閉じ、そのあと何度か瞬きを始めた。

「ショーゴくん、おはよ」
「おはようじゃねえよ。もうすぐ着くぞ」

 翔吾は窓の方へ顎をしゃくった。窓の外には車が何台も行き交い、地元にはないスーパーやそこそこ大きめの本屋、住宅街が見える。そしてその住宅街の先にある橋の向こうは、五階以上の建物が道の両サイドに並ぶ完全に街と言える風景だった。早苗が目を輝かせている。

「いつも思うのだが、この風景を見ると街って感じがして胸が躍るな。今日は何を買おう」
「目星つけてきてねえのかよ」
「いや、あるにはある。だがそれとは別にだよ」

 そう言ってにっ、と楽しそうに笑った。お前そういうところあるよな。翔吾は小さく息をついた。

「とりあえず、あの店の新作飲みに行こうぜ」
「あの甘いやつだな! ショーゴくん君、見た目によらず甘いものいける口だから面白いよな」
「見た目によらずってなんだよ」

6/11/2023, 10:50:54 AM