ほろ

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おじいさんはね、魔王だったのよ。それが90歳を過ぎた頃からのばあちゃんの口癖だった。
曰く、ばあちゃんは昔異世界に飛ばされ、そこで魔王に一目惚れされ、魔王と一緒にこちらの世界に帰ってきて結婚したらしい。昨今蔓延る異世界転生ものも真っ青の体験談である。

もちろん、そんなことはあるはずがない。
確かにじいちゃんの遺影はない。だけどそれは、じいちゃんが写真嫌いで一枚も写真が残っていなかったからだ、とお母さんが言っていたし。
でも、何度「そんなわけないでしょ」とツッコんでも、数分後にはまた同じ話をしているのだ。もうだいぶボケているのだと思う。ばあちゃんの話をまともに聞いているのは、もう飼い猫のマオしかいない。

「おじいさんはね、それは素敵な方だったの」
今日も縁側で、ばあちゃんは独り言を呟いている。隣にはマオがちょこんと座って、黄色い目でジッとばあちゃんを見ている。時折、うにゃん、とばあちゃんの話に相槌らしきものを打ちながら。
「ばあちゃん、体冷えるから中入りなよ」
「夜空のようなサラサラの髪とね、その中に輝く一等星のような金色の瞳とね、ああそれと、交換した指輪をいつも付けてくれていたわ」
聞こえてないな。
私は仕方なく、ばあちゃんに近寄ってもう一度声をかけようとした。しかし、その前にマオがこちらを振り向いて、思わず足を止めてしまった。
マオの首元。鈴の代わりに指輪がぶら下がっている。そういえば、昔からマオを探すのには苦労した。音の鳴らない指輪を付けているから。

(ていうか、マオって今何才なの?)

お母さんの話では、お母さんが小さい頃にはもうマオがいたらしい。少なくとも四十年近くは生きている計算になる。それっておかしくない? 猫の平均寿命って何才だっけ?
一瞬のうちに様々な疑問が私の頭の中を駆け巡る。
にゃあ。マオが鳴いた。私をジッと見てくる。
「おじいさんはね、魔王だったけれど、全然怖くなかったわ。わたしは、そんなおじいさんと一緒に暮らせて、とても満足よ」
ねえ、とばあちゃんがマオの背を撫でる。マオは私からばあちゃんに視線を移し、再びにゃあと鳴いた。

いやいや、まさか。いや、そんな、まさか、だって。
ばあちゃんは今「一緒に暮らせて満足」と言った。「一緒に暮らせて満足"だった"」ではなく。
それって、今も一緒に暮らしていることにならない? 私の考えすぎ? でも、それなら全部の説明が……
「あら、そろそろお茶の時間だわ。さ、マオさん、中に入りましょ」
ばあちゃんはマオを抱き上げて、縁側から立ち上がった。私の横を通る時、マオは幸せそうにばあちゃんの腕の中で微笑んでいた。

1/6/2024, 3:02:37 PM