「付き合おっか」「うん」
こんな簡単な会話で始まった関係は
「結婚する?」「そうだね」
こんな簡単な会話で変わった。
ミステリーとゲームが好きで、意気投合した私と彼。
結婚して出来た新居は、彼の書斎がやたら広かった。
彼の書斎は私も子供も入室禁止で、コレクションが整然と並んでいる。
私の方は大好きなミステリーもゲームソフトも実家に置いてくるしか無くて、一冊だけ手元に残した大好きな作家のデビュー作の表紙には娘がクレヨンで描いた大きな猫が描かれている。
「·····こんな筈じゃなかったのにな」
小さく呟く。隣で絵本を読んでいた娘が不思議そうに私を見上げている。
今夜も彼は大好きなミステリーをテーマにしたバーで酒を飲んでいるのだろう。
――結婚する前は一緒に行っていたバーで。
「·····こんな筈じゃなかった」
娘の髪をそっと撫でて立ち上がる。
寝室のクローゼットを開けて、鍵のかかった箱の中から書類一式を取り出す。
「ママ? それなぁに?」
いつの間にかついてきていた娘を抱き締める。
「ママね、無くした物を取り返そうと思うの」
「あたしも行く!」
「·····ママと一緒に行く?」
「うん!」
「·····そっか」
まだ間に合う。
手遅れになる前に、失われた時間を取り戻そう。
END
「失われた時間」
5/13/2024, 3:08:01 PM