「僕は臆病で情けない人間です。子供の頃から周りの人に馴染めず、これまでずっと家にひきこもり、ひとりぼっちで生きてきました。もちろん僕を産んでくれた両親はいます。彼らはこんな僕が家にいてもそっとしておいてくれますが、廊下で顔を合わせるたびにいつもぎこちない笑顔を作るのです。きっと彼らも僕と同じで、僕をどうすればいいのかわからないのだと思います──」
向かいに座る青年は、重そうな頭をさらに俯かせた。
「だから、自分を消してしまいたいと?」
わたしはそんな青年をじっと視界に捉えながら質問を続けていった。
「・・・・・・はい。こんな弱いことを言ったら笑われるかもしれませんが、僕は生きているのが堪らなく苦しいのです。でも堪らなく苦しいと思わないと生きていけないのです。こんな馬鹿げた矛盾を抱えて何を言っているんだと思います。けれど、これが僕なんです。僕という存在なんです。簡単には変えられません」
「でも、貴方はこうしてわたしの元を訪れた。それはどうしてですか?」
「ネットで貴方のことを見つけました。貴方の元に来れば全てを消して0にしてくれると、そうサイトに書いてありました。僕は・・・・・・、僕を消したい。僕自身をリセットしてしまいたいんです」
ぼそりとした低い声が室内に落ちる。わたしはゆっくりと語り出した。
「なるほど。貴方の考えは分かりました。しかし、貴方の認識には少しだけ訂正すべきところがあります。まず全てを消して0にすることなどわたしにはできません」
青年がびっくりしたように顔を上げた。みるみるその表情が曇っていく。
「・・・・・・では、やはりあれはデマだったのですね」
明らかに落ち込んだのが分かるくらいに肩が下がった。わたしはさらに続ける。
「いえ、そもそも0というものが存在している時点で、何もないということはあり得ないんですよ」
「それはどういう・・・・・・?」
「だって0は貴方ですから」
わたしの言葉に青年が「え?」と首を傾げた。
「わたしにできる事はただひとつ。0からの出発を手助けすることです。なぜならそこに0があれば、あとは足せば足すほど数が増えていきます。そしてまず最初の+1がこのわたしです」
「・・・・・・!」
わたしは青年の目の前に片手を差し出した。
「0はそこにあるだけで、大きな力となるのですよ」
暗かった青年の瞳に僅かながら光が射し込んだ。拙いながらもおそるおそる差し出された青年の手を、わたしはしっかりと握り返した。
【0からの】
2/21/2023, 2:24:24 PM