彼女が隣にいるだけで、当たり前の毎日が特別な日になる。
特別な毎日が何度も何度も積み重なった。
幸せ、という言葉だけでは満たされなくなる。
特別、という概念だけでは堪えきれなくなる。
恋人、という関係だけでは我慢できなくなる。
だから、何度も何度もプロポーズをした。
ときに真剣に、ときに冗談めかして、ときにさり気なく。
真剣に受け取ってもらえていたかどうかわからなかった。
いつものようにプロポーズをしていつものように断られる。
いつものようにぷりぷりした彼女から、新たな情報が加えられた。
「結婚するなら25歳がいいんだよね。あとサプライズだけは絶対にしてほしくない」
……彼女の25歳の誕生日に、テーマパークでプロポーズをすると事前に宣言しておけば、彼女は受け入れてくれるのだろうか。
欲深い俺は彼女のその言葉を信じて、少しずつ準備を進め始めた。
*
リビングで寝落ちしてしまった日、彼女の夢を見ていた気がする。
いい夢だったか悪い夢だったか、夢の記憶はすぐに霧散してわからなくなった。
わかることは、起こしてくれた彼女がいつもよりキラキラとまばゆい。
好きだなあ……。
彼女と無性に触れたくなって、寝起きにもかかわらずキスをした。
彼女の吐息が甘やかな湿度を帯び始めたとき、トントンと俺の胸を叩くから名残惜しく距離を取る。
「ねえ。れーじくんと結婚したい」
唇が離れた途端、信じがたい言葉が彼女から飛んでくるから、危うく心臓が止まるところだった。
まだ夢の中にいるのかとすら勘ぐってしまう。
「……人には、サプライズするなとか言ったくせに」
「サプライズじゃないもん。要望だもん」
ああ言えばこう言う……。
唇を尖らせていた彼女だが、大きな瞳は不安で揺れており、顔も真っ赤に染まっていた。
口調こそ普段の通りだが、それこそが彼女の精いっぱいの強がりだとわかり息をのむ。
「れーじくんの指輪のサイズ知らないから箱パカとかできないし、なんでも食べるからお酒以外、れーじくんの好きな食べ物もよくわかんないから、レストランの予約もできなかった。ピアスの穴開けてるクセに透明なヤツしか見たことないから好みのアクセサリーだって知らない……」
屁理屈をこねる彼女にひと言くらい言い返してやろうと思ったのに。
冗談ですませてはいけない雰囲気に、脈打つ鼓動が激しくなるせいで胸の奥が痛くて苦しくて堪らなくて、言葉にならなかった。
「だから、もっと知りたいの……」
着ているシャツをしわくちゃになるまで強く握りしめている小さな拳を見てしまったら、絆されるしかない。
彼女の一世一代の告白を、俺が断るなんてあっていいはずがない。
「……要望多くない?」
それでも先を越されたのとはやはり悔しくて、愛おしくてたまらない彼女の頬を撫でた。
俺の手を甘く受け入れながら、彼女は瑠璃色の瞳を挑発的に光らせる。
「ワガママな私が好きなんでしょ?」
「当然。それはそう」
ワガママに極振りした彼女なんて最高でしかない。
頬を染めて、いつもよりぎこちなく笑みを浮かべて彼女は俺の前に右手を出した。
このときの燦然ときらめいた彼女の笑みを、俺は生涯忘れない。
「だから、私と結婚してほしいです」
差し出した右手は少し震えていた。
不安、緊張、羞恥、ない混ぜになった彼女の気持ちを早く落ち着けたくて、その小さな右手を包み込む。
「当たり前に喜んで♡ 一緒に幸せになろうね♡ ……なんだけどさ、せめて俺に言わせてほしかった」
「ヤダ」
「は? なんでだよ」
「うれしすぎて泣いちゃう」
「別にいいじゃん」
「絶対にイヤ」
どこまでも意地を張る、彼女の小さな体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
今日という最高に特別な日を胸に刻みながら。
『special day』
7/18/2025, 11:41:01 PM