いつもの帰り道。
何年も乗り続けているMTの軽自動車で、坂にさしかかる。
坂を進むにつれて苦しそうになるエンジン音。力不足を感じてギアを一つさげた。
ウゥ──……ン、と控えめな唸りをあげて、車は先程より少しのんびりと、でも力強く前に進んでいく。
車内は広くないし、装備も素っ気ない。
軽い車体とターボの組み合わせは、うっかりすると濡れた路面でタイヤを空回りさせる。だから、雨上がりはクラッチペダルを踏む足の力を、いつもより慎重に緩めるように気をつけて──その他諸々、こちらが車に合わせてやらなければいけないことが、最近の車と比べると沢山ある。
でもそこがいい。難しいところが大好きな私の愛車。
週五日、通勤の足となり、買い物や遊びに行くのも公共交通機関が少ない田舎ではこの車が頼りだ。
それに、私に悲しみに沈んだとき、立ち直るために必要な一人の時間をくれるのも、この車。
好きな音楽をききながら、田舎の道を夜中に走る。途中、あらわれる点滅信号に気をつけながら、音楽と車の音をききながら運転していると、ゴチャゴチャに絡みついていた悲しみの糸がするりと解けていくような気がするのだ。
そんな、ささやかなストレス発散に、長年付き合わせてきた。
楽しいばかりで走れたら良いのにと思ったこともあるけれど、悲しいときに寄り添ってくれた──車にそんな気はないのだろうが──からこそ、私はこの車を手放せない。
坂の途中で道路横の防音壁が途切れて、オレンジ色の光が車内に射し込む。
夕陽だ。
車内に流れる音楽も相まって、オレンジ色の光が照らす田んぼや住宅がとても美しく見える。
エモいってこんな感じかなぁ……と考えながら、近づく坂道の終わりに備えて、ギアをもう一つさげて減速。坂の終わりから、そう遠くない場所に信号がある。
安全運転、安全運転。いつかこの車を手放すとしたら、私が納得いくかたちで手放したい。
坂道でスピードを殺しきれずに単独事故からの廃車は絶対に嫌だ。
どんどん伸びていく走行距離に、沈む夕日をかさねてしまう感傷を、音楽で消し飛ばす。
周りに車も人もいないのを良いことに、大きな声で歌う。
明日も明後日も、この先もずっと限界まで私と一緒に走ってくれよ。
大事にするから。部品だってオイルだってホイホイかえてやるから、お願いだよ──とかなんとか、もう数え切れないくらいくれ返したプロポーズまがいの言葉を胸の中で叫びながら。
4/8/2024, 9:10:26 AM