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心の境界線




きっとアイツとの関係性は思ったよりも曖昧なもので、理解できていない。

俺ができていないだけかもしれないが、それでも、だからこそ少し踏み入れるのが怖くなる。

嫌われたくないって思って、曖昧な行動ばっかして。

こんなこと考えているなんてまるで恋をしているみたいだ。そんな自分が、嫌になる。


「なあ、齋藤」

米を頬張りながら左之助は、箸を俺に向けて話しかけてくる。マナーがなっていないと思いつつも、口に出すことは出来なかった。

「お前、こういう時は姿勢悪いよな」

「……うるさい」

「はあ?本音を言ってあげてるだけだ」

『本音』。その言葉は、俺に今足りないものだろう。きっと、誰に対しても本音で話したことがないのだろう。

それは果たして良いことなのか。何が一体俺をそうしたのか。分からなくてもいい事ばかりをかんがえ、どこか苦しくなる。


食事を済まして、稽古の時間になる。教える立場ではあるものの戦う立場である俺達も、日々稽古に取り組んでいる。

左之助は面倒くさそうに胡座をかいて、欠伸をしている。

「なんだよ。こっち見て」

気がついたら、俺は左之助のことを見ていてしまったようだった。

自分でもうんざりするほどの本音を口に出せない瞬間は、消えて欲しいと思う。

「すまない。……なんでもない」

「いやあ?なんかあるだろ」

そう言って勢いよく立ち上がり、俺の方向へと近づいてくる。

俺よりも少しだけ小さい背丈で、左之助は俺の目を見つめる。目が合うことに慣れていないせいで、目が泳いでいたと思う。

「な、なんだ……いきなり」

何故か恐怖すら感じてしまって、声に出さないと耐えられなくなった。

左之助はニヤリといつものように子供っぽく笑って、大きく口を開けた。

「俺に嫌われたくない、とかか?」

どこの文脈からも合わないその発言は、図星だった。

動揺してしまって、冷や汗が出てくるのが分かる。そんなに自分は分かりやすい人間なのだろうか。それとも、コイツが鋭すぎるだけ?

目を細めて笑うその姿は、俺を安心させた。

「お前は理解してないだけだ」

「……なにを」

「心の境界線を」

俺の心臓の辺りを左之助は、優しく叩く。

「俺はお前じゃないし、お前も俺じゃない。だから考えが違ったっていいだろ?」

いつも自分に自信がなくなった時、的確な言葉をくれるのは左之助だけだ。

人並みより少しできるからって、人間関係さえもできる訳ではない。その印象が大きくて、俺は相談できる相手がいなかったのだ。

「嫌われたくないなんて考えなくていい。俺は、お前の発言を間違ってるって思ったことはねえよ」

何故こんなにも明るい言葉が浮かび上がってくるのだろう。

俺も、左之助みたいになれる選択肢がどこかにあったのだろうか。

「ありがとう、左之助」

素直に感謝の気持ちを述べると、左之助は固まってしまった。コイツはきっと、俺に感謝されることに慣れていない。

そういう所が面白い。

「……あ、ああ」

左之助は稽古に参加するのか、置いていた槍を右手に持って、後ろを向く。

俺もあとに続くように木刀を持ち直して、右手に力を強く入れる。

「それに、……俺が、齋藤を嫌いになる時なんて、来ねえよ」

その小さな捨て台詞に、左之助の全てが詰まっているような気がした。

からかうように近づいて、話しかける。

「何か言ったか?」

「何も言ってねえ!……ったく、こういう時は元気になりあがる……」

髪の毛をかいて、照れくさくなっている左之助を見て、俺は初めて人との関わり方がわかったような気がする。

俺達は稽古へと戻る。

11/9/2025, 11:16:40 AM