本気の恋
灯台守のトーチ
「ねぇゲンさん、本気の恋って
したことある?」
大工のゲンは、今日は灯台の修理に来ていた。古いからあちこちが痛むのだ。
しかしトーチのせいで、手にしていた釘を
打ち損ねるところだった。
「そんな言葉、どこで聞いた」
ぼそっと答えた。会話は嫌いではないが
苦手だ。
「あのね、移動教室の隣の席の
ユウちゃんがね、今なんかそういうドラマが流行ってるって」
ゲンは内心ほっとした。
「そりゃお前…俺に聞くことじゃない」
短く刈った髪から汗が流れる。
日に焼けた精悍な肌。トーチの白い肌、
風になびく薄茶色の髪とはまた違う。
「ふーん。ユウちゃんがね、本気の恋は
するものじゃなくて、落ちるもの、
なんだって」
「そ、そうか、ははは、
ユウちゃんすごいな。トーチ、
その道具箱取ってくれ」
「うんっ。あ、そういえばね、この前
魔法使いのリリのとこに行った時ね」
話がうまく逸れてくれそうでゲンは内心
ほっとした。恋や愛だ、
軽々しく話すもんじゃねぇ。俺だって、
思い人の一人や二人…。
「…リリがね、ゲンさんって意外と若いし
いい人ね、だって!」
ゲンは今度こそ釘を打ち損ねた。
僕は灯一。灯台守の灯一。
皆んなからはトーチって呼ばれてる。
ゲンさん手、大丈夫かなあ。
9/12/2023, 10:23:23 PM