ある日、我が家の郵便受けに入っていた一枚のチラシ——それが全ての始まりだった。
【不完全な僕】売ります
【不完全な僕】をあなたの思いのままに育ててみませんか?
興味がお有りの方は○○○(電話番号)まで、ぜひ一度ご連絡ください!
随分と達筆な文字で、たったこれだけの文章が書かれたチラシなのだけれど、私はひどく興味を惹かれてしまった。
子どもが独り立ちし、夫に先立たれた寂しさもあったのかもしれない。
普段なら絶対にこんな怪しい広告主に電話をすることはないのだけど、この時だけは何故か電話してみようと思ったの。
……買う買わないは後で判断すればいいわよね……?
コール音が三回ほど鳴った後、広告主は電話に出たわ。
「はい、お電話ありがとうございます! こちら【不完全な僕】の販売員、担当の□□と申します」
□□と名乗った男は電話越しでも好青年であることが伺えるような、ハキハキとした口調で電話に応じた。
「あの、【不完全な僕】のことでご相談が……」
「はい! 何なりとお尋ねください」
私は彼に色々と質問したわ。【不完全な僕】がどんな人物かは存じ上げないけれど、購入するのであれば予め分かっていることが多いに越したことはないから。
驚くことに、私の全ての質問に担当を名乗った彼は応えきったわ。……まるで、自分のことであるかのように。そこで、私は彼にこう尋ねたの。
「あの、【不完全な僕】って貴方のことよね? 貴方はとても不完全だなんて思えないわ。どうして自分を売るような真似を?」
「失礼ですがマダム、僕は完全な【不完全な僕(しもべ)】の販売員でございます。売っているのは僕(ぼく)ではありませんよ」
私の問いに彼はそう応えた。
「あら、やだわ。私ったら勘違いしちゃって……」
「確かに紛らわしいかもしれませんな。僕(ぼく)と僕(しもべ)、音読みか訓読みかで大違いですから」
それから少しだけ他愛もない話をして、最後に購入するか否かは後日改めて連絡する、ということで電話を切ったの。
『後日』なんて言ったけど、本当はこの時点で既に私の意志は固まっていた。……いえ、もっと前から、かもしれないわね。
私が電話をした担当者は【完全な販売員】。チラシをポスティングすべき相手を見抜く目も完全なら、営業成績も完全。
チラシをポスティングされた時点で、私には【不完全な僕】を『購入しない』という選択肢はなかったのよ。
9/1/2024, 6:03:05 AM