そよ風がカーテンを揺らす。
その向こうに、会いたかった君がいる。
おぼろげな記憶を頼りに、ここまで来た。
本当だろうか。
風に揺れるカーテンはボロボロだ。
その病室も荒れ果て、病院自体が廃虚と化している。
こんなところに君が?
僕の憧れだった君がいるというのか。
僕はゆっくりと、揺れるカーテンの端をつかんで、そっと横にスライドさせた。
白いベッドに、横たわる君。
確かに君だった。
だけどそれは、緻密に描かれた、絵だった。
部屋の片隅に大きなキャンバスが置かれ、そこに、天使のように眠る君の姿が描かれていた。
これは、僕が描いたもの。
かつて、この病院に僕が入院していた頃に。
愛しかった君を想い、毎晩のようにベッドに腰掛け、筆を執り続けた。
いつか退院して、君にまた出会うことを夢見て。
願いは叶わず、こんなに時は過ぎた。
そして僕は、この絵の存在すら忘れていた。
退院して、君ではない誰かと家庭を持ち、僕の空想でしかなかった君にサヨナラを告げて。
いくつも失いまた一人になり、君を探してここまで来た。
おぼろげな記憶を頼りに。
薄汚れたベッドに座り、目覚めることのない君を見つめる。
もう、一緒になることを願うこともない。
ただ、この場所で君と過ごした日々を思い出したかっただけ。
病に苦しんでいた僕の心の糧となり、僕の行く末を導いてくれた君のことを。
白いカーテンの向こうから、君の声が聞こえる。
「さあ、そろそろいきましょうか」
僕は、ベッドから立ち上がり、キャンバスを抱えてカーテンを開ける。
「見つけたよ。君の絵」
「持って行くの?」
「うん。本当は、ここに入院していた頃に、そのつもりだったんだけど」
「そっか。幸せな時間が増えて良かったね」
「そうだね。もう、思い残すことはないよ」
朽ち果てた病室の片隅でカーテンが揺れていた。
もう、その部屋には誰もいない。
6/30/2025, 11:34:22 PM