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子なし休職中の主婦の楽しみは限定される。
外遊びをするような若さも活力もない。けれど漫画やゲームを趣味にするにはお金も行動力も足りない。
そんな私の最近の趣味は、家事をしながら見るドラマだった。

私が堂々とテレビの前で寛いでも後ろめたくならない時間に放送されるそれは、青春や恋愛を打ち出した人気俳優主演の学園ドラマだ。アラサーには眩しい設定だが、雑然としたオフィスやお局、上司との飲み会のシーンでは胃がキリキリとする今の私にはそれくらいがちょうど良かった。
けれど正直なところ、私がそのドラマで一番注目しているのは今どきの顔の俳優でも、有名事務所所属のヒロインでもない。私の目を引いて止まないのは、視聴者にキャラクター名を覚えられているかも危うい一人の女優だった。

作風に合わせて少し大袈裟な演技をする彼女とは、高校時代の同期だった。
明るく顔のいい彼女はクラスの中心人物で、私は恐らく直接話したこともなかった。いつも友人と大声で騒いでいて、当時からそこまで好きでもなかったが。

ただ、私がこのドラマを毎週欠かさず視聴するようになったきっかけは間違いなくそれだ。私と同様にアラサーになった彼女が、惚けたモブ教師役で自分よりも若くて知名度のある役者たちに揉まれているのがなんだか面白かったとかいう、お世辞にも褒められたものでは無い動機だった。

相も変わらずそのドラマはさほど話題にもなっていない。SNSのタグには主演の顔の話や胸キュンシーンのつぶやきばかりで、載せられているスクショに彼女の顔は一枚もなかった。
前回の台詞よりも少しは抑揚がマシになっていたし、大袈裟な動きもやりたいことは汲み取れたのだけれど。一般の視聴者には伝わっていないらしい。
今日も自分の出演時間が5分もないドラマをせっせと実況する彼女の投稿への反応は、2桁に留まっている。

確かに酷い演技だ。あれだけ羨んだ彼女の顔も若々しい芸能人に囲まれると霞んで見える。成長だって微々たるものだし、そも、視聴者に演技の上達を察しろなんて無理な話だ。

それでも、頭で理解していても釈然としない。
彼女がこんなところで、こんな風に消えていくのは何かが違う。そうあるべきでは無いはずだ。
何日も家から出られなかった私を、テレビの前から動けずにいた私を、本人も預かり知らぬところで叱咤したのは間違いなく彼女なのだから。

私は悩みに悩んで、ネットの海から拾い上げた在り来りな手段を取ることにした。私の身元を明かさず一方的に感想を送り付ける方法。こんなことをするのは初めてで、本当に本人に届くのかも、そもそもこの行動に意味があるのかも分からないが。

「ねえ、この食器……ってあれ」
「あ、それ……」
「なにこれ、ファンレター?」

ファンレター。予想外の言葉に一瞬声が詰まる。この気持ちを、彼女への思いを形容する言葉は見つからないけれど。
何度も何度も書き直して、弾けそうな思いを纏めたその封筒を見やった。

「……うん、そうかもね」


『愛を叫ぶ』

5/11/2024, 3:34:31 PM