ただ記す

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『明日世界が終わるなら……』

おー…
いかにも「お題」という感じのお題だな。 
意外に誰もが考えたことがあるかもしれない。
このお題はなかなかに難しい。よく聞くのは、「今までと同じように過ごしたい」人と、「いつもと違うこと(やり残したことなど)をしたい」という人がいるような気がする。そうだな、私としては世界が終わる前に人類が終わるのではないかなー…などと考えているのだけれど、今回はお題に忠実に、世界が終わるということで考えてみよう。

…というか、世界が終わるってどういうことだ?
こうやって私はまた…ズレたことを考えるものだなあ。明らかに今のは、「明日世界が終わるなら自分はどうするか」を書く流れだっただろう。
けど、そういう変な思考の飛び方も私らしいと思うから、ちゃんと考えてみる。
例えば宇宙が終わるとして、それは世界が終わったことになるのだろうか。少なくとも人類にとってはそれは終わったと等しいのかもしれない。けれど…「世界」って言ってしまうと、もう宇宙とか地球とかそういうの全部ひっくるめて、とにかくもう全部なくなるんです、というニュアンスがあるような気がする。ということは、人類が終わるのとは違って、世界が終わる場合、私達が生きていたという証明になる遺物だとか建築物だとか、そういうのは全部遺せないということだ。少なくとも今の時点では。
…じゃあ、たとえば次の新たなる生命体に向けて、人間という古代生物としての歴史物を遺そうとしても、無駄なんだ…

私は絶対そんなことしようとは思わないけれど。

というか、世界の最後とかわからなすぎる。どうやって終わるんだよ。なんで人間はそれを前日までに把握できたんだろう。…流石にこれは考えてもわからないかな〜妄想になるな。

さて、明日世界が終わるなら、実際に人間たちはどうなるんだろう。私は確実に、秩序は終わると思う。やりたい放題する人は多いだろうし、殺人とか増えそう。今までやってみたかったけどできなかったことをする人が多いだろうから。一回は人殺してみたいと言うような人は多分割といる。あとは恨みとか…? 私は幸せなことに恨んでいる人はいないし、もし人を殺しでもしたら、確実に終末の日を最悪の気分で終えることになるので、絶対やらないと思う。でも無差別殺人には気をつけないとな。自分の思う理想の世界最後を叶えるためには、防弾チョッキとか買うべきか…
あとは逆に、自殺する人もいるかもしれない。世界が終わる前に自分の意思で死のう、という人。

あとは、大切な人に思いを伝える人は多いと思う。恋愛関係であるならば、未来を恐れた結果にその思いを伝えられない人が多いだろうから、もう未来とか殆どないし、言ってしまう人はたくさんいそうだ。…けれど逆に、今まで望みがまったくないと思っていた片思いの人とかは、少しでも希望を持った状態で死にたいから、と、あえて何も言わずにその時を迎える人もいるのかもしれない。……切ないなあ…考えただけで胸が苦しくなる…

…もしかしたら、世界最後の日に新たに、大切な人ができることもあるかもしれない。それこそ、今までの気持ちをお互いに吐露したりして。ああ本当はお前、そういう気持ちだったんだなってなったりして。それで一緒に過ごして、もっと早くお前に伝えてればよかったな、そしたらこんな時間をもっと過ごせたのかもなとか言って、でも最後のときには一緒にいれただろ、みたいな…あああ…うわああ…泣きそうだ…!やめようこの話は…!!この場でこんなに暴走したのは初めてだ、つい妄想が…こういうのは大好きだけど…このままだと、朝に駅の待ち合わせ場所でなぜか一人で泣いてる人になってしまうから、やめておこうと思う。…こういう関係性が大好きなんです。恋愛とかの枠にとらわれず…

そろそろ、私自身がどうするかを考えてみるべきかもしれない。正直その時になってみないと分からないところはあるだろうけど…以外にも想像がしやすいのはなぜだろう。とはいえ私は優柔不断だから、決断を咄嗟にできずに、なにかをやり残したりしそうだな…
まず、家族に今までの思いは伝えたいし、いちばん一緒にいたい。とても大切な人たちだから。それと、友だちだな。友だちに会いたい、少なくとも電話とかでは話せたらいいな。けど、相手にも他に大切な人がいるだろうから…噛み合わなかったりもしてしまうのだろうか。
あとは、家族みんなで、好きな料理をつくって…いつものように食卓を過去みたいな。ご飯を楽しめるというのは、すごく幸せなことだと思う。
私はもしかしたら、今までの生活を振り返って噛みしめるような終末を過ごしたいのかもしれない。

きっと今の人間たちは、『世界が終わる』とでも言われないと、本当の気持ちや行動を開放することはできないのだろうな。そんな状況であっても、ぜんぶは開放できないかもしれない。

世界が終わることは、死に近いと思う。
死んでしまったら、その人にとっての世界は終わったといえるかもしれない。
もし、毎日『明日世界が終わる』と言われる日々が続いたら、結局は今と変わらない生活になるのかもしれない。

生きるということは、常に明日に世界が終わると言われ続けながら過ごすことなのだろうか。

(九)

5/7/2026, 10:25:57 AM