その女には一人息子がいた
夫は早くに事故で死んだ
女にとっては息子がすべてだった
その為に懸命に働いた
懸命に育てた
息子は母親思いの優しい真面目な青年に成長した
やがて戦争が始まり息子は戦地に行った
女の祈りの日々が始まった
つらい日々を何年も耐え忍び
やがてついに息子は生きて帰って来た
だが、
息子は頭の中を母を否定する思想に書き換えられていた
女の腕を拒絶し口汚く罵った
女は絶望し無気力になりその心は永遠に破壊された
善悪は何処にあったのか
何が正しかったのか
何が間違っていたのか
そんなものは始めからどこにもなかったのだ
あったのは無償の愛だけだった
そしてそれはあまりにも無垢で
容易く踏み躙られた
この話を聞いたのはまだ子供の頃だ
それ以来時々思い出す
女の老いて曲がった背中や
深い皺に刻まれた悲しみを思う
それでも女は息子を呪うことなく愛し続けていたのだろうと
今の私には分かる
4/26/2023, 12:30:59 PM