見咲影弥

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 娘と喧嘩をした。

 今年に入ってから何度目だろう。ここ最近彼女はやたらと反発してくる。年頃の女の子で反抗期真っ盛りだから仕方ないことは分かっている。大抵のことは多めに見ようと決めた。それでもどうにも許せないことを言われると、怒りたくもなる。特にコンプレックスに触れられる時だと。

 今日の喧嘩の発端は娘だ。

 勉強しなくていいの、と優しく聞いてやると、スマホを触っている最中に話しかけられたのが気に障ったのか、いいのっと語気を強めていってきた。そろそろ試験も近いでしょう、と私も負けずに言った。だが彼女は、
「別にあんたに言われる筋合いはないでしょ」
と私に冷たく言ってのけた。

 親に向かってあんたとは何だ、と注意したくなったが、これで叱られたからやる気なくなったなどと言われたらたまったもんじゃない。そう思ってやんわりとまた、ちゃんと勉強してないと将来大変なことになるよ、と彼女を諭した。

 その後彼女から出た言葉。

「勉強勉強ってさぁ、あんただってやってなかったんでしょ。そーゆーのまじウザい。底辺大学卒業でスーパーのパートやってる人に言われたくないんだけど」

カチンときた。頭に血が昇っていくのを感じた。全部、全部あなたの為に言ってあげてるのに。私が大学受験に失敗して、そこから厳しい生活を送ってきたから言っているのに。私のコンプレックスを刺激する上、彼女の塾代を稼ぐために汗水垂らして働いている仕事まで馬鹿にされた。いくら娘とはいっても許せなかった。

 気づいた時には、彼女の手を強く掴んでいた。

「もう一回言ってみなさいよ!」

悔しかった。涙が出ていた。そんな私の手を彼女は勢いよく振り払った。伸びた爪が頬を掠める。少し遅れて鋭い痛みが走る。その痛みが鈍くなってしまう前に、私は車の鍵を持って表に出た。

 兎に角独りになりたかった。落ち着きたかった。彼女もきっと同じ筈だ。感情的になり過ぎてしまった。よくない癖だ。治したいと思うけど、そう簡単には治らない。私のこの性格があの子にも受け継がれてないといいのだけれど。もしかすると、もう彼女はその兆候を見せ始めているのかもしれない。あれがただの、皆が通る道であってほしい、汚れたフロントガラス越しの夜空に強く願う。

 車を走らせて近くのコンビニに寄ってコーヒーを買った。温かい車内に戻ろうとする時、冷たい風が吹いて頰の引っ掻き傷がしみた。そっと手を当て傷を覆う。あの子のささくれ立った心にとって、私の愛情はそれを逆撫でする風なのかもしれない。私はどうやって、あの子に接したらよいのだろうか、分からなかった。総てを忘れてしまいたい気分になる。暫く、ドライブをしよう。深まる夜の中、独り、車を走らせた。
 

1/11/2024, 1:52:34 PM