今日のテーマは『狭い部屋』らしい。
俺が借りているアパートの部屋にぴったりのお題だ。
いま俺が住んでいる部屋はかなり狭い。
しかも天井も低い。男子平均身長の俺が手をあげると、掌がぴったりと天井についてしまうくらいに。
部屋は狭いし天井も低いしで異様な圧迫感がある独房のような部屋だ。
さらに辺り一面に散乱している脱ぎっぱなしの衣服、ゴミ回収日に出し忘れて放置されたままになっているペットボトルが詰め込まれた袋、無作為に転がっている酒の空き缶、そして100円ショップで買った使いもしない便利グッズの数々…
それらの膨大なゴミに覆われて、ただでさえ狭い部屋は足の踏み場もない状態になっている。
俺はゴミから逃げるようにベッドに避難して、タブレットを使ってこの文章をポチポチ打っている。
「どうしてこんなことに…」
さんさんたる有様の部屋を見回してポツリと呟く。
どうしてこうなったのか、その原因を探るために俺は目を閉じてこれまでの歴史を振り返ってみることにした。
遡る事、数年前。
都会で夢破れた俺は逃げ込むように、家賃の安い田舎にあるこの狭い部屋に引っ越してきた。
あの頃はまだよかった。夢破れはしたが心機一転の心持ちと、ここから這いあがってみせるというハングリー精神が俺の中にあった。
あの頃の俺はタスク管理アプリを活用して朝6時に起床し、それから筋トレ、部屋の掃除をしてヘルシーな朝食を摂り、爽やかな気分で出社……と健康的な生活を送っていた。
部屋も整理整頓されていて、酒の空き缶や100均グッズが入り込む余地などなかったはずだ。
ではなぜ…というか、いつから俺はダメ人間になってしまったのか。いつから部屋はゴミ屋敷になってしまったのか。
閉じていた目を開けて、低い天井を見上げながらボーっと考える。
俺はなぜダメになった…
仕事を辞めたのがきっかけか?
強くなりたくて通っていたキックボクシングジムがわずか4ヶ月で潰れてしまって月謝を持ち逃げされたのが原因か?
スーパー銭湯で水虫をうつされた事に憤慨した時からか?
俺が絶望し、部屋が荒廃するまでに至った原因はいくつか思い浮かんだものの、どれもいまいちしっくりこない。
俺は再び目を閉じて熟考することにした。が、汚部屋の宙を舞っているハウスダストに鼻をくすぐられて、どでかいクシャミと鼻水が出たことにより瞑目はあえなく中断された。
床に転がっていたトイレットペーパーをむしり取って鼻をかむ。
そこで、はたと気がついた。そうか…とピーンときて、ツーンときた。
俺がダメになってしまったのも、部屋がゴミにまみれているのも、その原因は全てトイレットペーパーにあったのだ。
どういう事かというと、現在の俺はトイレットペーパーをティッシュペーパーの代用品として使用している。
つまり、常備していたティッシュペーパーが無くなったのに気付いてるはずなのに、トイレットペーパーがあるからまあいいやで済まそうとする怠惰の極みが悪い気を呼び、その負のオーラに侵食された俺は無気力人間に成り果て、部屋の片付けを後回しにし続けた結果が今の悲惨な現状を作り出しているのだ。
大きな問題の原因を突き詰めていけば、こういう小さな問題こそが解決の鍵を握っていたりする。
なので俺はトイレットペーパーにかけられた我が身の呪縛を解くために、なんとしてもティッシュペーパーを入手しなければならなかった。
「大変だ、こうしちゃいられん!」
俺は数年ぶりにタスク管理アプリを起動すると『今日の夕方6時に起きてドラッグストアに行ってお徳用のティッシュを購入する!』と予定を記入した。
「ふぅ…」
日記代わりの駄文を書き終えて一息つく。
今日のテーマが『狭い部屋』じゃなかったら、この重大な問題を永久に解決できなかったかもしれない。そう考えるとゾッとする。
俺は本日のお題という天啓を与えてくれた『書く習慣』に心の底から感謝して、ゴミだらけの狭い部屋で眠りにつくのだった。
6/4/2024, 8:36:23 PM