【街の明かり】
大都会の高層マンションの最上階から見下ろす街は、まるでミニチュアのようだ。眼下に広がる煌々と輝く街の明かりを、多くの人々は『美しい』と称すのだろうか。だけど僕にとっては、あまりに見慣れた光景すぎて感慨すら抱けなかった。
真っ暗な部屋の中、窓の向こうに広がる明かりを指先でそっとなぞる。金も権力も名声も、僕にとっては一円の価値もない。最上級の眺望なんて称されるこんな無機質な明かりなんかより、僕が本当に欲しいものは――。
「電気もつけないで何してるの?」
不意に響いた君の声と同時に、ぱちりと室内の電気がつけられる。振り返れば、呆れたような表情で君が立っていた。くるくると君の右手の中で、僕がかつて何とはなしに渡した合鍵のが回されていた。
「何回連絡しても、スマホ見てすらくれないし。挙句の果てに誕生日にぼっちで夜景鑑賞って、さすがに寂しすぎない?」
「うるさいな。上っ面ばかりの祝辞を延々と聞かされるよりはマシなんだよ」
煽るような君の口調に、思わず言い返していた。うっかり口にしてしまった僕のどうしようもない本音を、君は気にした素振りもなく受け流す。そうしてトンッと軽い音を立てて、だだっ広いダイニングテーブルに紙箱を置いた。
「残念。留守にしてるなら、一人で食べちゃおうと思ってたのに。仕方ないから分け合おっか」
家族経営の小さな無名のケーキ屋の紙箱。僕がひそやかに気に入っている店だ。
室内が明るくなったことで、煌びやかな街の明かりは見えなくなった。窓ガラスには僕と君の姿が反射している。
「誕生日おめでとう」
微笑んだ君の口にしたお祝いの言葉に、ポッカリと空いた胸の穴が満たされたような気がした。
7/9/2023, 5:49:09 AM