元々、ただの狐だった。
他の狐と毛並みが異なるため産みの親からも見捨てられ、周りと馴染めず1人で動くことが多かった。日々やせ細っていく様はあまりにも惨めだったろう。まるで狐とは似ても似つかない俺を横目に、周りの連中は群れで狩った獲物を食い荒らす。この世は弱肉強食の世界だ。弱いヤツが死ぬ。ただそれだけのことだ。
死ぬまで残り数時間。ふと、物音がして目を開けた。ねぐらにしている場所からそう遠くない。微かな呻き声と肉の臭いがする。
あぁ、久しぶりの獲物だ。
そこからは記憶がない。意識を取り戻した時には腹の底にあった空腹感は消え、代わりに"もう一度味わいたい"という渇望するほどの欲が残された。
血の匂いを嗅ぎつけてのこのことやってきた1匹を"人型のまま"殺す。その日から俺はよくわからないナニカになった。
他の同胞は全て喰うた。人間から討伐対象にされようが、山にいる奴らから襲われようが、全て返り討ちにしてやった。食料に困ることがなかったし俺の姿を見ただけで襲ってくるヤツも居なくなった。
そして、良いこともあった。友達が出来たのだ。そやつは俺が狐の姿になっていても人の姿になっていても態度が変わらずにいた。
『僕たちはずーっと一緒だよ!』
その言葉が胸に突き刺さったまま。俺はあいつに呪いの言葉をかけられた。
あくる日、社に友達を連れてくる!と約束していたのに、どうしてか1人だった。駆け寄って顔を覗くとソワソワと落ち着かない様子で今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
『....ごめんね。』
ふいに呟かれた言葉に嫌な予感がして咄嗟に距離をとる。左腕を撃たれている。もう使い物にならない。撃った方角に向かっていくが、2発、3発撃たれる。血が出るのもかまわず銃を持った老いぼれに致命傷を負わせる。
限界を迎え、人型に戻れなくなった。老いぼれと同時に倒れ込み、鳥居の後ろからガキが泣きながら走ってきた。介抱しているガキに老いぼれが耳打ちをし、腰につけていた鉈を渡した。ガキが受け取った直後に死んだらしい。目を閉じてピクリとも動かなくなった。静かに横たえて、ようやく決心がついたのか俺の元に寄ってくる。鉈を振り上げたことで首を切られるとわかった。苦しいのは、ごめんだ。
2度目の死。これでお別れだと思ったが、実体がないだけで意識は残っているらしい。これも呪いの1部だろうか。
体が死んだあと、呪いは祓わねばならぬと村の法師から告げられていたのを見た。二度と悪さをしないように首と胴体を分けて石像にし、山の奥深い場所に封印された。だがわたしの存在は風化されて、知る人も死んで行った。
また陽の光を浴びて、かつての友人とそっくりな顔を持つ子供に出会うなんて思いもしなかった。
と、わたしの昔話はここいらで終わりにしよう。愛し子が起きてしまう。昨夜は泣かせすぎたから少しでも休ませたいのが本心だ。
そばに寄ってきたモンシロチョウと軽く遊んでやる。真っ白で何にも染まらない、無垢な瞳。掌に止まり、羽休めしているところを握り潰す。
ふふ、かわいそうになァ。
5/11/2024, 4:20:50 AM