澄んだ瞳。
いつもクソ長いけどよく読むなぁ、と思ったり。あとどうしても地の文から人物から男性ばかりなのでそこが課題。無意識。頑張ろうぜ本当に。
こういうお題大好きの助太郎(16)
「綺麗な目」
「いやそりゃカラコン入れてるから」
なんと的外れな。
そうじゃない、と言いかけてやっぱりやめた。今そう言ったこちらが悪い。きっと、いつか分かる。
シャワシャワと鳴く何か、ミンミンと命を削るセミたち。夏真っ盛りの真昼間。家を出る際に天気予報士は記録的な猛暑なのだと、聞き飽きたことを言っていた。
たまたま置いてあった自販機で買ったアイスもすぐに垂れて原型を留めなくなってくる。それなりのお値段なのになんて勿体ないと思うが、最早丸呑みするしかお値段通りに平らげる方法は無い。大きく一口、それを見た彼も躊躇無く残りを口に入れた。いつもの光景だった。
「やっぱ何か着けた方が」
「いいよ金の無駄。それよか誕プレに振った方がいいって」
「そう、いいならいいんだけど」
こっちが困るんだけどなぁと思いつつ、徐にスマホを取り出して時間を確認した。趣のあるお土産屋の通りにあーでもないこーでもないと難色を示すもう一人が言っていた通り、もうすっかり昼時を過ぎている。早めの昼ごはんをお互い済ましてきたので腹具合的には申し分ないが、観光地と名高いここにしては、この時間帯だと人が少ないように感じる。
「だって今日祭りやってんだもん。そっちに人吸われること見越して今日だから」
「……なるほど?」
やけに落ち着いている彼は良いお店を見つけたのかそちらに吸い寄せられていく。何も言わず。なんとなくいつも姿を追っているのですぐ俺も着いて行った。
硝子。とんぼ玉。切り絵。そういうお店。
ははぁと声を出す俺に彼は睨みを利かせ、冷房の効いた店内へと足を運んだ。今日は夏生まれの共通の友人への贈り物を探しに遠出していた。彼女は女性だから何を贈ればいいかも分からず、この前三人でここに来た際店内を見て回っていたことを思い出したのだろう。伝統だかなんだか知らないが、彼女は性格によらず綺麗なものが好きだった。
好き勝手見て回る彼に着いていく理由もそこまで無い。何か良い物が見つかるかもと思い俺も歩いてみる。
硝子細工にとんぼ玉で作ったパターナイフ、栞、ブローチ。切り絵になると今で言うタペストリーのような物からまた栞、ブローチまで様々だった。だがそうなると折角重くしてきた財布も軽くなりそうな恐ろしい値段になってくる。バイトはしているとはいえ一学生には到底手の届かぬ値段ばかりだ。
何かお探しですか? と女性の店員さんが声をかけてきたので軽く応対しつつ、全て見回った後またとんぼ玉のコーナーに戻った。
ふと、目に留まる物が一つ。
やけに安い商品が並んでいる。
その理由は一目瞭然で、他のとんぼ玉より色が分かりにくく小さく、そして金属製の指輪にひっそりと埋まっていた。他のとんぼ玉に比べれば小さいというだけであり、俺からすれば充分大きい指輪だ。隣にもうひとつあったようだが既に誰かに買われたのか空間しかない。それを手に取り、日向へと持っていて光に当ててみると綺麗な青がそこにあった。
何処が粗末品なのか、心を奪われるくらいには澄んでいるのに。
普段滅多にアクセサリーは着けない人間ではあるものの、なんだかとても好いてしまっては自分の物にしてしまうことにした。
連れの方を見やると丁度会計をしているところだった。急いでサッともう一周し、結局誕生日プレゼントには深い橙色のコップを買うことにした。きちんと硝子できちんとそれなりにする。彼がレジを済ませて店から出た後、俺もレジに並ぶ。
会計を担当してくれた人が突然笑みを零したものなので途中俺が首を捻ると、彼女はこんなことを言った。
「あぁ、ごめんなさい。さっきの青い目の方、お友達ですよね。仲が良いなと思いまして」
「……どうしてです?」
「実はこの指輪の他にもう一つ、黒いとんぼ玉の指輪があったんです。……まぁただの偶然だとは思うんですが。きっと戯言なんでお気になさらず」
ごめんなさいね、ともう一度謝った後、丁寧に梱包された物が入った袋を手渡してくれた。礼を言い外に出る。その意味は分からなかったけれど、仲が良いと言われ悪い気はしなかった。
「ごめん待った?」
「結構待った」
「ごめんて」
二人で軽く笑いつつ近くで飲み物を買い、二人で帰路に着いた。
何を買ったかはお互い言わなかった。俺にとっては指輪を買ったことがバレないので好都合だった。ミルクティーで喉を潤し定期を使う。軽快な音と共に改札を通り、彼のことを待った。彼はいつも電車を使わないので毎度お金を払わなければいけない。
彼の瞳は澄んでいる。わざわざカラーコンタクトなど使わずとも、ずっと綺麗だ。
恋愛感情など持っていないのだけれど、誕生日プレゼントを贈るもう一人も含めてかなり距離が近いのでそんな気持ち悪いことを思っても許される節はある。それに救われている。元々彼の裸眼は色彩が薄いのかして光には弱いが、その分周りのものを綺麗に映し出していた。
俺が青が好きなのは瞳に映る空が堪らなく綺麗だからで、夏が好きなのは空が綺麗だからだ。後輩たちや大人数でわちゃわちゃ遊ぶ際は人もそこに映る。分かりやすく楽しんでいるからこちらまで楽しく感じる。表現こそ気持ち悪いけれど、それだけの話だった。
また軽快な音が鳴る。
やっとかと言わんばかりに小走りに近づく彼に俺は苦笑しつつ後ろを指さした。
「すまん待たせた」
「俺はいいけど後ろの人待たせちゃ迷惑だよ」
派手な音を鳴らす改札機から飛び出た乗車券と、こちらを見て同じく苦笑する駅員さん。「あ」と声を出してまた駆けていく彼を横目に、保護者らしく駅員さんに軽く頭を下げた。後ろに待っていた老夫婦にも、一礼。
顔を赤らめて戻ってくる彼にまた笑みが零れる。
「おかえり。らしくないね」
俺の乗る電車と彼の乗る電車は違う。彼の乗る電車は一時間に二本走れば良い方だから、きっと焦ったのかもしれない。一番線乗り場はここで、俺の乗る路線はそれなりに本数はあるから待っているのに、彼は酷く安堵した様子だった。
瞳の奥には変に色付いた彼の親友。
「アイツに言ったら殺す」
「それ言っちゃあ言ってくれって言ってるようなもんだよ」
一番線乗り場に列車がやってきます。黄色い線の内側に……とアナウンス。
途端彼が焦ったように今日買った袋の中身を漁り始めた。なるほど何か渡したい物があるのかと近くまで近づいて待つ。
「これ」
案の定手渡されたソレは、何処か見覚えのある、見覚えしかない物だった。正確には初めましてだけれどそんなこと最早どうでもいい。息が漏れる。
「誕プレ」
電車がうるさくホームに停止し、聴き慣れた音と共に重いドアが開く。
「お前の好きな青もあったけどこっちの方が似合ってるから」
それじゃあ、と電車に乗る人々に紛れようとした彼を大声で止め、大急ぎで袋の中から取り出した小さいソレを思いっきり投げる。
落とす直前にソレを受け取った彼は一瞬戸惑ったものの、再度響いたアナウンスに気を取られ電車に乗り込んだ。その瞬間ドアが閉まって、ゆっくりと唸りをあげ始める。
仕方ない。照れ隠しにくれてやろう。
名目が無くても貰ってあげたものなのだけれど。冬生まれなのに誕プレだなんて、これまた弄りがいがある。
電車が見えなくなるまでぼおっと見送った後、四番線乗り場まで移動して俺も電車に乗り込んだ。
適当な場所に腰掛けてその透けた袋の中身を取り出してみる。
黒いとんぼ玉の指輪。
レジの人が言った意味が何となく分かってしまった気がした。
後輩に言えばきっと悪気無く煽るだろうけど、それは可哀想なのでやめておくとして。というかそれはこちらにもダメージが来るので。
これとは別に後輩を含めた六人分適当に何か見繕うかと考えつつ、そっと人差し指にその指輪をはめてみた。
本人とは大違いに、びっくりするくらいにこれは澄んでいる。綺麗だ。
お互い安いとはいえ衝動買いするくらいには大切なのだろうか、とふと考え、嬉しくなる。関係が続こうが続かまいが、モノさえあれば思い出は遺る。それを狙っていたこちらからすれば不幸中の幸いだった。
めでたい彼女には伝えてあるが、間抜けな彼にはまだ、というか伝える気は微塵も無かったから。
暫くして俺が乗っている電車もアナウンスと同時にがたんと揺れが襲い、やがて駅を抜け出した。
澄んで汚れてなどいないから怒るんだろうな。
外から鯨の咆哮が聞こえ、びゅうと突風が吹く。
指輪を今一度優しく撫でた後、静かに目を伏せた。
7/30/2023, 12:35:49 PM