白い軍服を肩から羽織り、まるで外套のようにはためかせながら、男は大股で急いていた。
表情は険しく肩で風を切る姿に、すれ違うものは皆驚き男に道を譲った。
「—レイ!」
扉を開くと同時に男—ウォーカーは吠える様に呼びかけた。呼ばれ振り向いた赤毛の男は、ウォーカーを見とめるや否や和かに応えた。
「ウォーカー!こっちから声掛けに行くつもりだったのに。わざわざ来たのか?」
数名の部下と共に荷造りしていたようで、既に部屋の半分程が片付き殺風景に見えた。それがウォーカーの心境を逆撫でした。
「あのふざけた辞令は本当なのか」
—レイ・ウォーリア少佐をダマスカス国境地帯第二戦闘区域第十四番隊部隊長へと任ずる。
「ふざけたってお前なあ。映えある抜擢って言ってくれよ」
「馬鹿言え!あそこは…」
死にに行く様なもんだ。ウォーカーは言いかけて喉が詰まる。国境地帯の戦闘区域は何処も激しい戦闘が続いている。
前任がヘマをした尻拭いを誰かがしなければ、必ずそこから敵は攻め込んでくる。早急に対処が必要だった。
そんなこと誰もが理解していた。ただ納得がいかないだけで。
「分かってる。遊びに行くつもりなんて無い。でも心配要らない。俺の悪運知ってんだろ?な、大佐?」
レイは茶化すようにウォーカーの胸を小突くも、その手をがっしりと取られる。怒気をはらんだ顔がぐっと近付く。
「だからって、見送れって言うのか?!友が、死地に赴くのを!黙って!!」
あまりの気迫にレイは口をぽかんと開けて呆けた表情で固まった。二人の様子に、側にいたレイの部下達も荷造りの手を止めて見守っている。
この口下手な男が必死に何か伝えようとしている。長く側にいた友だからこそ、レイには分かりきっていた。それが嬉しくも心苦しかった。
「ウォーカー。俺が行かなきゃ他の誰かが行く羽目になるだろ」
「ならお前じゃなくていい」
これは長引くぞ。レイは苦笑し部下に目配せする。二人は静かに頷きそそくさと部屋を後にする。
「そういうわけにはいかないだろ。国の危機なんだから」
「ならこんな国滅んじまえ」
「そんな悲しいこと言うなよ」
レイはそっとウォーカーの手に自分の手を重ねた。手首を握る彼の手は情けない程小さく震えていた。ウォーカーは何度も何かを言いあぐね、漸く虫のさざめき程小さな戦慄く声で告げた。
「……行くなよ」
なんて弱々しい姿だろう。味方を鼓舞し、自ら敵陣へと斬り込む、皆が知る勇敢な姿とは全くの別人だった。
「帰ったらさ、愚痴でも何でも全部聞くから。だからさ…」
レイの頭上から小さな嗚咽が聞こえる。肩口に覆い被さるように、ウォーカーが額を擦り付けた。
まるで母に縋る子供のようだ。レイは困った顔で微笑んだ。
「そんな顔すんなよ」
≪行かないで≫
10/25/2024, 1:34:21 AM