【隠された真実】
「ねぇ、図書館に隠された“秘密の本”って知ってる?」
始まりは友達の軽い噂話だった。夕暮れのオレンジ色が差し込む教室で、居残り補習をしていた時のこと。噂話が好きな友達は、学校の七不思議などを楽しそうに話してくれた。
「知らない。なに、どんなことが書かれてるの?」
「そこまでは分かってないんだって。どこにあるかも何が書かれているかもわからない、だから“秘密の本”なんだよ!」
得意げに話す友達に、「なにそれ」と笑えば、怒ったように頬を膨らませて私を叩いてきた。そんな噂話を聞かせてくれる友達が大好きで、かけがえのない親友だった。
それでも、所詮は噂。本気で信じていなかった。噂を深堀した親友が命を落とすまでは。
「だからっ、秘密の本だってば!」
親友がいなくなって早2年。私は高校三年生で、受験間近であるにも関わらず、狂ったように“秘密の本”を探していた。親友は噂を深堀し、本を発見して読んだから居なくなってしまったんだと、信じて疑わなかったから。
しかし、“秘密の本”に関する情報はゼロと言ってもいい。そもそも噂を知っている人が少なく、知っていてもみんな同じ情報しか知らない為、状況は何も変わっていなかった。
「図書室を片っ端から探してみるしかないんじゃないの?」
「もうやったよ……。それで見つからなかったから焦ってるんじゃん」
“秘密の本”を一緒に探してくれている友達は、もう諦めているようだった。なんの手がかりも見つからないのだから、時間を無駄にしているだけだと。だけど、私は諦めることが出来ずにいる。
有り得ないはずの噂話をすっかり信じてしまう純粋さが羨ましかった。現実を卑下することなく、ひとつの事に夢中になれる彼女がとても眩しくて、憧れだった。
「……いいよ、もう。ありがとね。自分一人でやるから、もういいよ」
所詮は噂話、されど噂話。
妄想や理想は、念が強ければ現実になることさえある。しかし、“秘密の本”に関する噂は広く出回っていなかった。どうしてそんな噂が立ったのか、そこがハッキリしなければいけない。
聞き忘れていたことを思い出し、“秘密の本”を知っていた人達に、もう一度話を聞きに行った。
「私はその人から……」
「私はあの人から……」
「俺も……」「僕も…」
「“秘密の本”の噂は誰から聞いたのか」という問いに、みんなが揃って同じ名前を口にした。どうやら、噂を流していたのは親友だった。
意味が理解できずに、私は放課後の図書室で頭を抱えていた。
親友が自身で噂を流していた──何故?
親友が亡くなって、“秘密の本”を追いかけていて一つだけ分かったことがあった。私は、彼女のことを何も知らなかったのだ。
素直で眩しくて、私のことを肯定してくれて、でも自分のことは聞いても話してくれなかった。嫌われたくなくて踏み込むことが出来なかった。でも、それで私は親友ぶっていたことに気づき、酷いショックを受けた。
──どれぐらい経っただろうか。気づけば外は暗くなっていて、下校時間の間際だった。それでも、どうしても調べたいことがあって帰ることが出来なかった。
唯一、親友が夢中になっているほ本のジャンルを思い出した。そこを中心に探していると、妙に膨らんだ1冊を見つけた。
「……あった……」
その本を開いてみれば、ちょうど真ん中に薄い冊子が挟んであった。表紙と思われるページには、手書きで「秘密の本」とだけ書かれてある。その文字には見覚えがあった。
ページをめくれば、作文の用紙に字が並んでいた。
「見つけてくれてありがとう。私には悩みがありました」
その2文から始まり、そこからは淡々と彼女の好きなこと、嫌いなもの、嫌だったこと、将来の夢、色んな情報が書き連ねられていた。読み進めていくうちに涙が溢れてきて、拭いきれずに紙を濡らしてしまう。
彼女は首吊り自殺だった。遺書はなく、明るく元気な彼女がどうしてそこに至ったのか謎だった。今、この本を見つけてやっとわかった。
見せかけの外面ばかりが評価され、期待が重しになり、でも誰にも相談できずに苦しんでいたこと、それが知られるのが嫌で、でも誰かに見つけてもらいたくて、自身で噂を流してここに閉まっておいたこと。
やっと理解できた。もう彼女はいないのに、今更理解できたとこで遅いのに。
彼女の真実の姿は誰も知らない。これを見せたところで、同情されるだけだ。そんなことで彼女は報われないし、帰ってこない。
私ができるのは、この秘密を誰にも知られないように胸の奥に閉まっておくことだけだ。
本の最後に書かれた一言だけを切り取り、他の部分は燃やしてしまおう。
7/13/2025, 3:36:27 PM