ヒロ

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心残りが、実はある。
故郷を離れて以来、ずっと会えていない幼馴染み。
年が同じだけで、学舎でもたまにしか話はしなかったけれども。
旅立ちの日に、用意してくれたあの花冠。
彼女なりに、想いを込めて編んでくれたものだっただろうに。
皆に急かされ、受け取り損ねてしまったあの贈り物と、最後に何か、物言いたげにしていた彼女の顔を今尚思い出す。

あの時の非礼を、会って詫びたい。
そんなこと、彼女はもう忘れてしまっただろうか。
随分昔のことを未だ忘れずにいるなんて、私も大概諦めが悪い。
長年仕えた主に裏切られ、身代わりに斬られた剣の傷がどくどくと痛む。
今更何かを望んでも、時既に遅し。
願ったところで、もう二度と会えやしないのに。

だからこれも、きっと何かの間違いで。
私の願望と、走馬灯が生んだ幻なのだろう。
横たわり、自ら出来た血溜まりの向こうに、彼女の姿を見るなんて、一体何の冗談だ。

私の名を叫んで駆け寄って、こちらを覗き込む顔には、あの彼女の面影があった。
そんな訳無い。
頭で必死に否定するのに、どうしてだろう。
死の瀬戸際に立たされた私は、目だけでなく、耳までおかしくなってしまったらしい。
何度も私の名を呼び揺さぶる声は、聞けば聞くほど、記憶の中で幾度も反芻した彼女の声で。
容姿こそ歳を重ね、大人びた姿に変わっているが、もう、間違い無い。
正真正銘。彼女は、恋い焦がれた彼の幼馴染みだった。

「な、んで」
居るはずの無い彼女が、何故ここに。
けれども、ああ、もう。この際、これが幻でも何でも良い。
理由はどうあれ、折角君に会えたのだ。
それなのに、上手く話せない今がもどかしい。
無理に起き上がろうとする私を慌てて制し、彼女が何度も頷いた。彼女の瞳から散った涙が私の頬も濡らす。
泣き止んで欲しくて手を伸ばすも、それすらも彼女に遮られ、押し止められた。
「無理しちゃ駄目! 待ってて。絶対、助けるから!」
そう叫んで駆けていく彼女を呼び止めたかったが、やはり声は出ず。
仕方なく見送ったところで、再び体の力も抜けて倒れ伏してしまった。

ああ、本当にどうして。
どうしてかは分からないが、これは困った。
神様も、この期に及んで意地悪をするものだ。
会ってしまっては、欲が出る。
このままおめおめと死んでなどいられないではないか。

久方ぶりに再会した彼女はなかなかに気丈な振る舞いで、私の旅立ちを可憐に見送った少女とは別人だった。
記憶とは時に美化されるものとは云うけれども、まさかあんなに頼もしい女性になっていたとは。いやはや、恐れ入る。
斯くいう私も、都に夢見ていた素直な少年時代は今昔。
権謀術数。現実の荒波に揉まれ、随分ひねくれた男になってしまったものだ。
こんな形での再会になるとは夢にも思っていなかっただけに、助かったところで、もし彼女に失望されたら、と。欲張りな不安が募りゆく。
まったく、ついさっきまでは己の非業を嘆いていたはずなのに。
希望がちらついた途端にこれである。
我ながら呆れて、誰にともなく笑みが溢れてしまった。

走って行った彼女は未だ帰らない。
いや、戻らなくても構わない。
会いたかった彼女に会えた。
もう、それで充分だ。
けれどもまだ、この先の人生を望んで良いのなら。
さて、彼女とどこから話をしてみよう。
心に残る、あの日の謝罪と、それから――。

彼女の呼ぶ助けを静かに待ちながら。
それでも再会の喜びと、振り絞った気合いだけでは如何せん持ち堪えること叶わずに。
抗えない倦怠感と痛みに負け、うっかり瞼を閉じてしまっていた。
深く眠りに就くこと、三日三晩。
その後漸く目を開けたとき、心配をかけた彼女に泣いて怒られるとは露知らず、何とも面目ない話である。

ああ、ごめんね。そして、ありがとう。
人生って本当、ままならないねえ。


(2025/03/25 title:073 記憶)

3/25/2025, 3:51:39 PM