言ってしまった。
とても軽率な発言だった。
ベッドの中で微睡んでいると、隣から動く気配を感じた。私は咄嗟に隣の彼の手を掴んでいた。本当は手を動かす気にもならないくらいに気怠かったけれど。私の手は、いつの間にか彼のソレに重なっていた。
彼は体を起こした状態でこちらを振り返った。その目は真ん丸としていて、驚いていることがありありと分かった。
意外だったのかもしれない。私も今、自分の行動をそう感じているから。
彼の指が、私のソレを絡め取った。
「何? 足りないの?」
ニヤついた顔が、近づいてきた。唇が重なる前に、私は首を振った。
「じゃあ何?」
勝手に絡め取って、人を弄んでいた手が離れていく。彼はこちらを変わらず見ているが、その目には先程までの熱はこもっていなかった。冷え切った彼の目が、私はあまり得意ではなかった。ニヤついた顔は引っ込み、明らかに不機嫌なことを隠そうとしていない。
いつもの私なら飲み込めた。我慢して、一人になった途端に泣いて発散させてしまう。気分がスッキリするわけではない。ただ行き場に困った感情をどう処理していいか未だに分からないだけだ。
ただ、今日はどうしても飲み込めなかった。
「そばにいて」
口から溢れてしまってから気がついた。自分でどんな表情をしていたか分からない。でも、目を見開いた彼から次第に表情がなくなっていくところを見て、私は取り返しのつかないことをしたと思った。
「何で?」
必要ある? そんな面倒なこと。
声には出してないが、彼の目はそう訴えているように思えた。
「ごめん。悪いけど明日早いからさ、今日は帰るよ」
明日早いから何だ。いつもそう言って私を置いてきぼりにする。朝を一緒に迎えたことなんて数えるだけじゃない。ここから通勤しちゃえばいいのに。一層のこと同棲してしまおう。というか今日何の日か覚えてるの。プレゼントは期待してなかったけど、もしかして何も言ってくれないわけ。私が今日に至るまで結構頑張ってアピールしたんだけど気が付いてないの。まさか、他にいい子でもできたの。
言いたいことは山ほどあるのに、全て飲み込んだ。後々溢れてしまわないように、厳重に蓋をして、重石を乗っけて、紐でぐるぐる巻きにして。心の奥底に放り込んで、目の届かないところに追いやった。
「そっか。引き止めてごめん」
「こっちこそゆっくりできなくてごめん。また連絡するから」
彼は背を向けて着替えているから、私の方は見ていない。それでも口角を上げて努めて明るく振る舞った。鈍感な彼は、いつも通り全く気が付かない。
「じゃあね」
最後にチラリとこちらを見て、部屋から出ていった。遠くの方で鍵の閉まる音が聞こえたのを確認して、枕に顔を埋めた。
眠い。疲れた。もう何もかも忘れてしまおう。
頬を伝わず枕に染み込む涙をそのままに、目を閉じた。
今日、私の誕生日だったのに。
… … … … … …
【欲望】
--物質的・肉体的に常により良い状態に自分を置きたいと思い続けてやまない心。
(『新明解国語辞典 第六版』三省堂 より引用)
追伸:悩んで思わず調べた結果、さらに混乱して結局迷走しました。
3/1/2024, 2:49:52 PM