けたたましい蝉の声が響く夏のある日、僕は彼女に恋をした。
彼女は大垣製薬社長、大垣裕彦の一人娘で僕達とは別世界の人だ。それに加えて才色兼備とくるんだ。
もはやラノベのヒロインかなにかなんじゃないか。
その日はクラスメイト達と夏祭りに行く予定になっていた。
「今夜、近くの神社で祭りがあるんだが大垣さんも行かない?」
と僕はいつもの様に大垣さんに声を掛ける。
彼女は
「ごめんねぇ。今日はお父さんと用事があるの。」
互いの家で遊ぶ程の仲の僕からの誘いは断らない彼女に珍しく断られてしまった。
仕方が無いので家に帰り、無意識にテレビを点ける。
ニュースでは彼女の家から煙が昇る映像が映し出された。
僕は大急ぎで自転車に跨り、彼女の家に向かった。
野次馬を掻き分け、乾いた銃声が響く敷地内に入る。
煙が充満する中、彼女を探すがどこにも居ない。
彼女の部屋から男の声がする。
僅かに開いた扉からそっと覗くと、耐火スーツに身を包み、手には小銃が握られていた。
「なんなんだアイツら……」
「誰だ!」
1人の男が気づいたのかコチラに銃口を向け近づいてくる。
僕は隣の部屋に転がり込んだ。
床には血痕が伸びている。タラリと嫌な汗が頬を伝う。覚悟を決めて血痕を視線で追う。
どうやら血痕は本棚で途切れているようだ。
辺りを見回すと赤黒い血が付いた本がある様だ。徐ろにゆっくりと前に傾ける。すると本棚がゆっくりスライドし、この部屋には似つかわしく無い白く無機質な扉が現れた。
その扉の向こうは僕を飲み込むかの様な暗闇が続いている。
創作物の中でしか見たことも無いソレに、僕は高鳴る心臓を抑える。
後ろから鈍く部屋を蹴破る音が響く。
僕は戸惑いと覚悟の混じった拳を握りしめ扉の中に走り出した。
彼等に追いつかれない様に……
無我夢中で走ると開けた場所に出た。
薄暗い中、緑色の液体が不気味に光る部屋に出た。
「なんだコレ……」
そこには彼女と瓜二つの灰色のスライムの様なモノが培養槽の中で眠っていた。
「見られちゃったね。実は私、人間じゃないの。」
後ろから静かに寂しそうな声が響く。
中央の機械では白衣が赤黒く染まった大垣裕彦の姿があった。「ようやく私の悲願が達成される。この誤った世界を滅ぼし新たなる世界に作り変えるのだ。アハハハハハハハハハハハノ ヽノ ヽノ ヽ/ \/ \/ \!」
狂気じみたその笑い声が室内に響き渡る。
突如、けたたましい破裂音が鳴り響く。
その瞬間、柔らかいスライムの様な物に呑まれる。
吸収しきれなかっただろう衝撃が彼女の体を吹き飛ばす。吹き飛ばされた肉体は這いずりながらも彼女に集まり再び体のパーツを形成していく。
「噂通りの化け物らしいな」
そう言って耐火スーツを纏った男達の中からリーダーであろう男が出てくる。
彼女は鋭く通った声で
「失せなさい!貴方々に渡す物など何もありませんわ。」
と言ったあと何かブツブツと呟き始める。
すると周りにあった培養槽の中身が不規則に動き出す。動き出したソレは培養槽を割り、這い出てくる。
這い出てきた不定形のソレは彼等の前に集まると1つの個体として体を形成しようとするが生成が不十分なのだろうか、形成しきれず崩れ落ちる。
3m程の塊になった所で彼等に襲い掛かる。
彼女は僕に向き直ると
「この技術が彼等の手に渡れば悪用されてしまう。それは阻止しなければいけない。
それに私はお父さんを止めたい。私はこの世界が好きだから、君が生きているこの世界を守りたい。
コアを失った私達は、塵になって消える。そうすれば彼等も目的を失い、お父さんも止められる。お願い、私のコアを破壊して。」
「何言ってるんだよ。そんな事僕には出来ないよ!君を殺す事なんて僕にはできない。」
彼女は透き通った真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。
「誰かの為になるならば、私の事はいいの」
僕が聞いた彼女の最後の言葉だった。
7/27/2023, 10:23:34 AM