「夜空を駆ける」
ふと、夏の深夜に目が覚めた。静まり返った部屋の中、時計は2時を回っている。特に何かあった訳でもなかったので、もう一度眠りにつこうとした。しかし、一瞬で眠気は霧散していたようで、まるで眠ることができない。こればっかりはどうしようもない、とりあえず水を一杯飲んでから考えることにした。
リビングに向かい、コップに水を入れて、いざ飲もうとした時、私は無意識に夜空を見上げていた。夜空には煌々と輝く月一つ。私に星を眺める趣味は無いが、不思議とこの時、心の底から「綺麗だ」と感じた。この瞬間、私は月に取り憑かれたのだ。
玄関を見る。少しだけ外出したくなった。夜も深く、眠りにつき、ちょっとやそっとでは起きない街へ、そして、何かを見守る月の下に出たいという気持ちが湧き上がる。しかし、今は夏真っ盛りであり、暑さに弱い私は少し悩んだ。それでも、その気持ちを諦めきれず、思い立ったが吉日と自身に言い聞かせ、足を無理矢理運ぶ。
着替えが終わり、靴を履き、外へ出た。熱帯夜がなんだのと、ここ最近ニュースでよく流れていたが、今日はそこまで暑くなかった。しかし、今の私はそんなことを考えもせず、世界を見つめる。眼前に広がっていたのは、眠りについた街と静寂、そして私を迎える月。いつも当たり前のように見ている景色。だが、今日だけは変わって見えた。夏の夜は、その日だけ本当に惚れ惚れする程の幻想的な景色に姿を変えていた。
灯りは街灯と月明かりのみ、生活感のある光が無くなるだけで、元の街は行方をくらました。私以外の生命体がいない、無機質な世界。私は見知らぬ土地にいるような、そんな感覚を覚え、焦る気持ちが私の足を進ませる。その中で響く音といえば私の足音ぐらい。そんな、いつかの夢のような景色。その時、心の中で童心が久方ぶりに光を浴びた。子供の頃、夜の静寂に包まれた街は恐ろしく、それと同時に好奇心を湧き立てた。近くにあって遠かった、念願の地。私は少しだけ、世界が未知で溢れていた過去に思いを馳せた。
しかしながら童心とは別に、心を動かし、夜空の下に広がる舞踏場に私を招待した者がいる。月である。一人、この夜を照らし続ける孤独なお姫様。この舞踏場には、私と月の二人きり。それで充分だった。私の万感の想いが夜空を駆ける。あなたに届けと言わんばかりに。
私が人生という名の旅を続けてきて長い年月が経った。その時もあなたは私を毎晩迎えてくれていた。だからその感謝を、そしてこれからの願いを、あなたと語り合いたい。それが私の夢なのです。
「だからどうか、この手を取っていただけますか?」
私は孤独なお姫様にそう語りかける。
答えはいつか、私が空高く舞い上がる日に...
了
2/21/2025, 2:23:50 PM